第44話 妹は紐パン
日曜日、ユズリハさんと一緒に買い物へ向かう。
スズハは騎士女学園で急に泊まり込みの作業ができたとかで、今日の夜まで帰ってこない。なのでスズハにばれる心配なく、じっくりプレゼントを選べるのだった。
「女子へのプレゼントといえば、アクセサリが定番だろう」
というユズリハさんに従って、王都の中でも高級な地区に足を踏み入れる。
いわゆる貴族街というやつだ。
……まあお店のチョイスはユズリハさんに任せた以上仕方ない。
「騎士になればいつ命を落とすかも分からん。だからいつでも身につけられて、戦場でも手放さずに済むようなものを贈れば喜ばれるだろうな」
「でもアクセサリなんて、戦闘中は邪魔になるのでは?」
「邪魔にならないものを選べばいい」
「それはそうですね」
ユズリハさんに案内されたのは、いかにも超高級なアクセサリーショップだった。
外からは宝石店にしか見えなかったのは秘密だ。
「……すごく高そうです」
「なに、選べばそれほどでもないさ。なんなら出世払いで貸してもいいぞ?」
「まあ臨時収入があったので、大丈夫かと」
実は最近、大樹海でオーガを殲滅した事への報奨金を貰った。
貴族でも兵士でもなく、スズハやユズリハさんのオマケで付いていっただけのぼくにも報奨金をくれたのだ。
そのことを最初に聞いた時、反射的に断った。
けれどユズリハさんに「キミが辞退すると話がさらにややこしくなる。だから受け取れ」などと謎の説教をされて、結局受け取ることになったのだった。
というわけで、ちょっと高めのプレゼントを買う余裕くらいあるのだ。
平民丸出しのぼくが店の中に入っても、店員さんが笑顔で会釈してくれた。
不審者として扱われないあたり、事前に話はつけてくれてるみたいだ。
「ではキミ、まずは一人で選んでみるといい」
「えっ」
「わたしが最初から横にいると、スズハくんのプレゼントをわたしが選んだみたいになってしまうからな。いくつか候補を絞ったら声を掛けてくれ」
そう言うと、ユズリハさんは慣れた様子で向こうのショーケースの方へ行ってしまった。どうやらお目当てのものがあるらしい。
でも困ったな。
一品一品がショーケースに入ったアクセサリばかり、しかも説明書きも値札もついてないから、そもそも見当の付けようが──
「お客様、今日はどんなものをお探しですかな?」
ああそうか。店員さんに相談すればいいのか。
声を掛けてきた老紳士然とした店員さんに、妹のプレゼントであることと予算を伝えると、店員さんはなるほどと頷いて。
「でしたら髪留めなどいかがですかな? 宝石で飾ったものや珊瑚細工のものなど各種ご用意がありますぞ」
「えと、繊細で壊れやすいものはちょっと。妹は王立最強騎士女学園の生徒ですので」
「左様でございましたか。──では、このようなものはいかがですかな?」
そう言って店員さんが持ってきたのは、一見すると何の変哲も無いゴムの髪留め。
もっともゴムは南方大陸の特産品なので、それだけで庶民には手が出しにくい価格である。
だから妙齢の女性がゴム紐のパンツを穿いているというのは、一種の富裕層のステータスだったりするのだ。
残念ながら我が家は富裕層ではないので、スズハのパンツは全て紐パンである。
「こちらは一見ただの髪留めですが、使い捨ての防御魔法が付与されておるのですよ」
「へえ?」
「致命的なダメージを受けた時に、一回だけ身代わりになってくれるのです。そしてダメージを受けきった後、ゴムは切れてしまうのです」
「凄い!」
「……というのは売り文句で、実際はダメージを僅かに緩和してくれるだけなのですがの」
「そうなんですか……」
「なので実際には気休めですな。とはいえ持っていて困るものでもなし、貴族が戦いに出るときには大抵、この魔法が付与されたものを御守り代わりに持って行くようですぞ」
「なるほどですね」
「こちらの髪留めなら、戦場でも邪魔になることはないかと」
「そうですね」
「ちなみに、お値段は──」
聞かされた値段は、庶民の髪飾りとしては目が飛び出るような金額だったけれど、使い捨ての魔道具として考えればそこまで高くなかった。
オーガの大樹海での報奨金を合わせれば、無理せずとも二つ買えるくらいだ。
そこまで考えて、ふと閃いた。
「この髪留め、在庫はもう一つありますか?」
「ふぉっふぉっふぉっ、さては妹君はツインテールですかな? わたくしも大好物でございますぞ」
「いえ違いますが」
「隠さずともよろしゅうございますとも。ご安心くだされ、これと全く同じ髪留めがもう一つございますのでな」
「だから違いますって」
「こんなこともあろうかと、同志のために隠しておいた最後の一品……ですがお客様の妹君のツインテールのためなら、出し惜しみなぞいたしませんぞ! お値引きも少しながらいたそうというもの!」
「聞いて下さいよ!」
とはいえ値引いてくれるなら有難い。
結局ぼくは、初老のツインテールマニアの店員さんから髪留めを二つ買った。
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