第102話 スズハ兄に命を助けてもらった恩を、少しでも返したいし

 ウエンタス公国から正式な通達が到着した。


 予想通りというか、ウエンタス公国としてはキャランドゥー侯爵の宣戦布告には一切の関与をしておらず、停戦協定を破る意志は存在しないというものだった。

 そしてご丁寧にも、ウエンタス公国に独断で宣戦布告したキャランドゥー領とは一切の関与を放棄し、ローエングリン辺境伯がキャランドゥー侯爵領を占拠、支配したとしても一切口を挟まないとまで書いてあった。

 さらには要請があれば、すぐに援軍を送る準備があるとまで。


「なんか『そこまでしなくても』ってことまで書いてある気がするんだけど……?」


 執務室でぼくに公文書を渡されたアヤノさんが内容を一瞥すると、


「そこまでしてでも、停戦協定を破ったバカとウエンタス公国は一切関係がありませんと主張しておきたいのですよ」

「そうなのかなあ?」

「もしもわたしが大公でも、確実にここまで念を押します。そして同じ文章をトーコ女王、アマゾネス総軍団長に最優先速達で、加えてそれ以外の国家にもばら撒くことでしょう。しかもそこまでして、激昂したアマゾネス族がウエンタス公国を急襲しないで済む確率はせいぜい半々でしょうか」

「ははは、まさか」

「なのでアマゾネス族に対しては、閣下から一筆書状をお願いいたします。いやホントにお願いします──!」


 なぜかアヤノさんに拝まれてしまい、アマゾネスさんに手紙を書くことになった。

 まあ今回の件でもしアマゾネスさんたちが気を揉んでいたら申し訳ないから、ぼくから手紙を書くことに異論はないけどね。


 こちらは心配しないでいいこと、落ち着いたらアマゾネスの里へと遊びに行きたいから待っていて欲しいこと、戦争をしないアマゾネスさんたちも大変素敵だということ、あとウエンタス公国も大変だろうから温かく見守って欲しいことなんかを、アヤノさんの徹底指導の下に書き連ねた。

 アヤノさん曰くこういう文章が外交的にも無難で、かつアマゾネスさんたちへの真心が籠もった素敵な文章なのだという。

 普通の書類仕事だけではなく、外交的な文章まで詳しいアヤノさんはやっぱり凄い。


 そして。

 できあがった手紙を確認すると、アヤノさんは涙を流さんばかりに喜んで。


「よかった、本当によかった……! ここで仕事してて本当によかった!」

「それはよかったですね……?」


 なんでアヤノさんが感激していたのかは分からないけど、まあいいか。


 ****


 それでは出陣、となる直前になって問題が発覚した。

 留守番役が誰もいないのだ。

 すがるようにアヤノさんを拝んでみたけど、


「わたしが残るのは構いませんが、ほかに責任者がいない状態はありえませんね」

「ううっ。やっぱりそうかなあ?」

「当然でしょう。前回はただの鉱山出張でしたからまだセーフでしたが、閣下が戦争へと出陣なさるのに、後方で領地を守るのが敵国であるウエンタス公国出身の文官だなんて、外面が保てませんよ」


 アヤノさんが一分の隙もない正論を展開すれば、その横でメイドのカナデが胸を張り。


「できるメイドは、戦場でもとても役に立つ」

「カナデはたしかに、あらゆる屋根裏の情報を手に入れてきた実績があるからね……」

「情報もご飯もも、なんでもまかせて」


 まあいずれにせよ、メイドを留守役の責任者にするわけにはいかない。

 それでは、スズハとユズリハさんはどうかというと。


「兄さんが出陣してわたしが居残りなんてありえません。兄さんを戦場に追いやって妹のわたしが城で兄さんの地位簒奪を狙っていると思われるくらいなら、いっそ女騎士として自害した方がマシです」

「わたしも相棒を見捨てて一人で戦場に行かせるくらいなら死んだ方がマシだな。それにわたしは常に戦争では最前線で戦ってきたから、ここで後方に下がっては下衆げすの勘繰りを受けかねない」

「……まあ、そうだよねえ……」


 こんな感じで、みんなしごくもっともな理由で同行を主張するのだった。

 いっそのこと町の偉いさんにでも頼もうかと思ったけど、これも全力で却下された。

 貧乏領ならまだしも、ミスリル鉱山にオリハルコンを抱えるローエングリン辺境伯領で平民が責任者なんてあり得ない、とのことらしい。納得。


 ****


 ──そんなこんなで留守役がいなく出陣できないと頭を抱えていたある日。

 なんと王都から、トーコさんがやってきた。


「やあやあ諸君、大変だったね! でももう大丈夫、女王にして大魔導師の、このボクが来たからにはへなちょこ軍なんてみーんな纏めて火の海に──」

「来た! トーコさん来た! これで勝てる!」

「へっ……!? や、やだなあスズハ兄ってば。そこまで大げさに歓迎してもらっちゃうと、さすがのボクも照れちゃう──」

「というわけでトーコさん、留守番よろしくお願いします!」

「──え? ちょま、スズハ兄!? いったいどういうことなのかなあ!?」


 ──その時はまさかトーコさんが「大軍が相手なら、魔導師たるボクの出番でしょ! それにスズハ兄に命を助けてもらった恩を、少しでも返したいし!」などと鼻息も荒く王城から強引に出てきたなんて、想像できるはずもなく。


 ぼくたちはトーコさんに留守役を頼んでおしつけて、意気揚々と出陣したのだった。


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