18章 武士道とは死ぬことと見つけたり

第182話 知らない間に、異大陸で伝説の英雄になっていたらしい

 その日もいつものようにスズハたちと晩ご飯を食べていると、なんの前触れもなく突然トーコさんとサクラギ公爵が現れた。

 なんの予告も無しにトーコさんたちが来るなんて初めてのことだ。

 しかも、あの使用が大変すぎる魔道具で転移してきた。


 ならば緊急事態に違いない。

 ぼくはごくりと唾を呑んで、トーコさんの言葉を待った──!


「おっ。今日の晩ご飯は、大根おろしハンバーグだね」

「そこですか!?」

「ボクも食べたいなあ、スズハ兄?」

「ワシの分も用意して構わんのだぞ」


 ……そこまで緊急事態ではないみたいだ。

 恨みがましい目を向けてくるスズハとユズリハさんから目を逸らしつつ、ぼくは二人の夕食を準備する。

 お代わりハンバーグが減るのは、ぼくのせいじゃないからね?


 ****


 夕食を終えてみんなのお腹も膨れたところで、トーコさんに聞いた。


「それで、一体どうしたんですか?」

「それがねー、東の異大陸から戦争吹っかけられたのよ」

「……それ、ハンバーグ食べ尽くす前に言いません? 普通」

「まあ正確には降伏勧告ではあるんだけど。でもその内容が東の異大陸の属国になって、ミスリルとオリハルコンを全部よこしやがれって内容だから、宣戦布告と一緒なのよね。困ったもんだわ」

「それにしちゃ、ずいぶん落ち着いてるような……」

「そりゃスズハ兄がいなけりゃ大騒ぎだけどさー。まあほら、そこはスズハ兄いるし? 負けるわけないし? みたいな?」

「ずいぶん軽いノリですね……?」


 あと、さらっとトーコさんの期待が重い。

 なんちゃって辺境伯であるぼくに、どんな期待をしてるのか。


「でも戦争って、具体的にはどんな状況なんですか?」

「この前、東の異大陸から大艦隊が出撃したって話はしたじゃない? それがそのまま、こっちにやって来るみたい。あと一〜二週間後くらいだと思うけど」

「狙いはオリハルコンなんですよね?」

「そう。だからまず間違いなく、ヤツらの狙いはこの領地なの。ていうかあいつらって、ミスリルとオリハルコン以外どうでもいいんだと思う」

「なるほど」


 一般的に、異大陸の土地を占領するメリットは無いと言われている。

 貿易の拠点にするにしても、大陸間交易は海の魔獣のせいで成り立たない。

 魔獣対策で毎回軍艦を出すようなメリットなど存在しなかった。


 けれどそこに特産品があれば話は変わる。

 現状でぼくの領地でしか確認されていない、オリハルコンのような。

 とはいえ現状、オリハルコンは試験採掘の段階でありまともに流通させていないので、交易拠点をどうこうという話にはならない。


 そして、どうせ戦争を仕掛けるのなら。

 オリハルコンを目指して一直線に攻めるのが、一番効率がいい。


 ぼくは窓の外に見える女騎士学園の分校を指して、


「まあ普通に考えて、あそこの貯蔵庫にあるオリハルコンが狙いですよね」

「そういうこと。でも正面から奪いに来るとは限らないけど」

「というと?」

「ボクがアイツらだったら、スズハ兄を前線までおびき寄せてる隙に盗もうとするもん。わざわざ内陸まで大軍で押し寄せるのも面倒でしょ?」

「それはそうですね」

「まあそれ以前にボクだったら、スズハ兄にケンカ売るなんて恐ろしすぎること、絶対にゴメンだけどね!」

「ぼくを何だと思ってるんですか……?」


 いろいろ問いただしたい所ではあるけれど。

 ユズリハさんが首を傾げて、


「なあトーコ。確認したいんだが、王都から兵は出るのか?」

「んー。それなんだけどさ、申し訳ないけどスズハ兄たちで戦ってもらいたいかなって。ていうかね、スズハ兄に滅茶苦茶活躍して欲しいんだよ」

「え? それってどういうことですか?」


 もちろん辺境伯領が狙われる以上ぼくが戦うのは道理だけれど。

 滅茶苦茶活躍とはいったい……?

 そんなぼくの疑問に、トーコさんがあっさりと答えて。


「それがスズハ兄ってばさ、東の異大陸でも凄く話題になってるらしいんだよ。なんでも兄様王ターレンキングとかっていう名前で」

「ええっ!?」

「実はボク、異大陸の天帝の実弟と連絡を取り合っててさ、そっちは穏健派なんだけど。そいつらが政権奪い返すときに、兄様王ターレンキングとして名高いスズハ兄が派手にやっつけた方が、権力を引き継ぎやすいんだって」

「さすがです兄さん! 異大陸でも大人気ですね!」

「ふっわたしの相棒は、大陸を越えて名声をとどろかせるか……まあ当然だな」


 スズハとユズリハさんが意味不明な感想を述べたけど、それどころじゃない。


「あのぼくの大げさすぎて、脚色過剰にもほどがある恥ずかしさ百点満点の謎英雄譚が、異大陸にまで広がってるってことですか……!?」

「大げさとか脚色過剰は個人の感想によるとして、まあそういうこと」

「うわぁ……」

「いちおう向こうでは伝説上の人物ってことらしいから、スズハ兄の名前はバレてないよ。まあバレるのも時間の問題だろうけど」

「なんの慰めにもなってないんですけど!?」


 なんということでしょう。

 ぼくは知らない間に、異大陸で伝説の英雄になっていたらしい。

 戦争がどうこうよりもショックを受けた。


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