第181話 完璧な作戦よねー。不可能ってことを別にすれば(トーコ視点)

 深夜のサクラギ公爵邸。


 女王就任一周年の記念式典も無事に終わり、諸国の要人たちやスズハの兄たちも帰ってようやく人心地ついたトーコは、出迎えた公爵相手に例の秘密会議の顛末を話していた。

 もっとも必要事項は話してあるので、世間話の類いではあるが。


「──もうさ、どいつもこいつも必死だったわ。スズハ兄の興味を引きたくってもう! 見てて笑いそうになるくらい」

「それはそうだろうな」

「でさ、権力になびかない相手なんてみんなスズハ兄が初めてだからさ、どうしていいか分からないの。だからスズハ兄をチラチラ見ながら、必死で有能アピールしてるんだけどスズハ兄はまるで気づかないのがもう面白くって!」


 有力国のトップのみ参加を許され、それ以外は同席すら許されない、まさにこの大陸の行く末を決める頂上会議。

 そんな会議にスズハの兄を同席させろと、トーコ以外の満場一致で要求されたときに、トーコは一つだけ条件を付けた。

 それが、抜け駆け禁止。

 各国の王たちが一斉に話しかけたら収集がつかない、だからスズハの兄が自分から声を掛けるまで大人しくしていること。

 それがトーコの出した条件。


 各国の王は慢心していた。

 なんだかんだで、自分は興味を持たれているに違いないと。

 少なくとも国王の自分に、挨拶くらいはしてくるだろうと。

 けれどトーコは知っていた。

 スズハの兄は、自分から他国の王様に声を掛けるなんて絶対にしないことを。


「きっとスズハ兄の認識だと自分は普通の庶民だし相手は王様だから、粗相しないように石ころみたいに大人しくとか思ったんだろうねー」

「おかしな話だ。あの男の価値は、ダイヤよりも遙かに高いというのにな」

「ねー。まあそこら辺の無自覚っぷりも、スズハ兄の魅力だけどさ!」

「そもそも価値のない男が、そんな大物ばかりの会議に呼ばれるはずもない。ワシですら参加どころか、室内に入ることすら許されないというのに」

「多分だけど、当事者だから呼ばれたと思ってるんじゃないのかな?」

「当事者? ……ああ、オリハルコンを狙うに決まっているという話か」

「そうそう」


 東の大陸の統一国家が、この大陸に侵略戦争を仕掛けるとすれば。

 目的は間違いなく、オリハルコンを狙ったものだろう。

 それはトップ層の共通見解というよりは、もはや常識とすら言える認識だった。

 なにしろ支配どころか、大陸間で交易するメリットすら皆無であることは周知の事実。

 だがその常識はスズハの兄によって、唐突に打ち崩されたのだから。


「もうね、オリハルコンを防衛するためにどうすべきかって延々と話してるんだけどさ、とどのつまりは『ウチの軍隊を入れろ!』って話なのよね。もしくは魔導師軍団? まあどっちでも一緒だけどさ?」

「メリット尽くしだからな」

「スズハ兄に恩も売れるし、辺境伯領の軍事とかオリハルコンの機密情報もちょこっとは知れるだろうしね」

「それに、あの男には女騎士学園の分校もある」

「ああ……あまりに入学レベルが高すぎて、これからの時代の大陸トップエリート軍人を養成する中心になるのは間違いない、なんて言われてるみたいね。スズハ兄から裏事情を聞いたボクとしては、失笑しかないんだけどさ」


 トーコが話を聞いた限りで、分校の入試でスズハの兄がやらかしただけと気づいていた国王は一人もいなかった。


「そりゃそんな勘違いすれば、少しでも辺境伯領の分校に精鋭を送り込みたいよねえ? しかも結果的には間違ってないし」

「そうだな。あの男の意図はどうあれ、結果的にそうなるのは確定事項だ」


 ちなみに、分校に唯一生徒を送り込んだウエンタス公国の女大公は滅茶苦茶評価された。

 それがどれほどのものかと言えば、各国の王がローエングリン辺境伯領の侵攻失敗に加えキャランドゥー領の叛乱で大きく下げていた評価を、元通り以上に戻したほどだ。

 そこでふとトーコが思い出して、


「そうだ。公爵は気づいてた?」

「なにをだ」

「ボクの即位一周年記念式典って、そもそもあの会議をやるために集まる口実なんだよ。大っぴらには絶対できないけど」

「なんだと!?」


 さすがに驚いたようで、公爵は目を見開いていたがやがて、


「……そうか。即位一周年の記念式典と言いながら一年後ぴったりに行わなかったのは、それが後付けの理由だからか。不自然とは思ったのだ」

「そういうこと」

「式典後にダンスパーティーをやらなかった理由もそれか」

「半分はそう。もう半分は、準備する時間が無かったからだけど」


 もう決まってから準備がてんやわんやだったのだ。

 そうでなければいくらトーコでも、スズハの兄を拉致するように連れてきたりはしない。

 うん、しないと思うな。たぶん。

 トーコがそんなことを考えていると、公爵が聞いた。


「それで、あの男はなんと?」

「なんとって?」

「異大陸の大艦隊が攻めてきたらどうするかだ」

「あー。それね……」


 トーコが会議の様子を思い出して苦笑しながら、


「スズハ兄ってば、ぜんぜんピンときてない感じだった」

「あの男は軍隊出身ではないからな」

「そう。だから軍船とか見たことが無いってのもあるんだけどさ。だからボクが一生懸命説明したわけよ。魔獣と戦っても大丈夫なように、鉄板で外面を覆ってるんだよとかさ。外海には魔獣がいるから」

「そうだな」

「そしたらスズハ兄、なんて言ったと思う?」

「さっぱり分からん」

「魔獣に攻撃されたくらいで穴が開いてたら、戦争で使えるはずないって」

「…………」


 正直、それを聞いたときの国王たちの顔は見物だった。

 なんならスズハの兄に慣れているはずのトーコですら唖然とした。

 トーコの説明に公爵が頭を抱えて、


「いや、確かに外洋戦には魔獣対策で補強されてはいるが……あれは無いよりマシとか、そういう類いのものだろう?」

「普通はね。でもスズハ兄の認識だと、魔獣が一方的にどれだけ殴っても無傷なくらいに頑丈なのが、戦争で使う最低ラインだろうってさ」

「そんな船があれば無敵だろうな……」

「完璧な作戦よねー。不可能ってことを別にすれば」

「それを聞いたみんながもう意気消沈しちゃって。今まで頑張ってスズハ兄に軍隊送って媚び売ろうとしてた国王がみんな、諦めモードに入ったから」

「……戦力に不安が無いことはいいことだ」

「まあそれはそれ、スズハ兄だしね」


 その後もいくつか懸念点を話し合い。

 日付が変わってしばらくした頃、ようやく会合はお開きになった。


 ****


 それから半月ほど経った、ある日のこと。

 東の異大陸の天帝からトーコ女王に、宣戦布告が届いた。

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