第241話 手を握ったまま足蹴にすべきだ

 話に聞いていた通り、地下墓地にもモンスターは出る。

 スケルトンみたいなアンデッド以外に、巨大ドブネズミやオオカミなんかも出てきた。

 それらを順次ぶちのめした結果。


「……幽霊、出ませんね……」


 幽霊らしき見た目のヤツは何度も出た。

 けれど、それらは今のところみんな殴り倒したり蹴倒したりできたので、詰まるところアンデッドモンスターに過ぎない。

 ただ見た目が透けて浮いてるだけだ。


 そして、なぜぼくが武器を使わないかと言えば、単純にユズリハさんの握っている手が邪魔だからである。

 チンピラやゴロツキが繰り出しがちな、いわゆるケンカキックというやつだ。

 その様子を眺めていたツバキがなんだか納得いかない顔で、


「……なんでお主は、素手ステゴロでアンデッドを斃せるのだ……?」

「どういうこと?」

「アンデッド型のモンスターは、魔力が付与された武器でしか斃せないはずなのだ?」

「それはねツバキ、身体に魔力を纏わせればいいんだよ」

「えええ……」


 ぼくなんか常に魔力が漏れ出てるから、ある意味いつも魔力を纏ってるようなもんで。

 なので普通にアンデッドを斃せるのだ。


 ぼくの返事を聞いたツバキは「理屈は分かるけど実際は不可能なヤツなのだ……」などとなんだか釈然としない顔をしていた。

 一方のユズリハさんは上機嫌で、


「ふむ。これは修行として最高だな……今度から毎日取り入れるべきか?」

「ダメですよ。明日はわたしが兄さんと手を繋ぐ番です」

「そんなにいいのだ? なら明後日は拙もやってみるのだ」

「い、いやっ!? これはその、わたし以外には効果がないとゆーか……!」


 ぼくと手を恋人繋ぎしながらあたふたするユズリハさんが可愛い。

 まあそんなことはともかく。


「アンデッドは斃せるからいいとして、問題は幽霊ですからね……」

「すると兄さん、とりあえず幽霊を見つけるまで毎日通う感じですね!」

「そうなるね……ってなんでスズハは手をわきわき動かしてるのさ?」

「兄さん、細かいことを気にしてはダメですよ。ねえツバキさん?」

「それは知らないのだでも毎日通ってれば、そのうち出てくるだろうなのだ」

「そうだねえ」


 ──けれど、ぼくらの予想は大きく外れて。


 そんな会話から一週間が経った後も、幽霊は一向に現れなかった。


 ****


 その日の夜、地下墓地へ行く道すがら、ぼくは一つの提案をした。


「このままじゃ埒があきません」


 ぼくたちが地下墓地を探索する間も、女騎士の皆さんは王城跡の警護を続けているし、その範疇には地下墓地も当然含まれる。

 そして。

 ぼくたちが夜ごと空振りを続ける間も、警備隊の女騎士は順調に幽霊を目撃していた。


 つまりぼくたちと女騎士さんでは、何か条件が違うのだろう。

 けれどそれが何なのか。

 それが、さっぱり分からない。


「ちょっと聞き込みもしてみたんですが、女騎士の皆さんは今まで最低でも一度は幽霊に遭遇しているらしいです。ユズリハさんはどう思いますか?」

「ううむ……単純に運が悪い可能性は?」

「それもあり得るんですけどね」


 なにしろぼくらが探索を初めて、まだ一週間なわけで。

 このままでも見つかる可能性はあると思うけど……


「でも早く見つけられるように、打てる手は打っておきたいかなって」

「……ひょっとして、わたしと手を繋ぐのがイヤになったとか……!?」


 なぜかユズリハさんがこの世の終わりみたいな顔をしているけれど、そういうことでは一切なくて。


「カナデですよ、カナデ」

「カナデ? ……そういえば今日も、我々を見送る時ハンカチをきつく噛みしめてたな。なんかこう、ぐぬぬって感じで」

「自分だけ毎日置いてけぼりですからね。このままだとカナデのストレスがマッハです」

「しかしメイドは、主人の留守を護るのが仕事ではないのか……?」


 ユズリハさんの言うことは、もちろん正しい。

 けれどカナデは最年少なわけだしね。


「カナデも本来甘えたい年頃でしょうし、あまり寂しい思いはさせたくないかなって」

「そうか。キミは相変わらず優しいな」

「そんなことはありませんよ。それに……」


 ──ここまで聞けば、なんだかいい話に聞こえるかもしれない。

 けれどぼくにはもう一つ、切実な問題があった。

 それこそが、ぼくの頭上に乗るうにゅ子である。


 うにゅ子は実年齢こそ数千歳とかだろうけど、身体につられているらしく生態も幼女。

 つまりとっても夜に弱い。

 なのに無理矢理付いてくるもんだから、探索を初めてからしばらくするともうおねむ。

 それだけならまだしも、ぼくの頭上で寝こけながら大量のヨダレを垂れ流してくるのだ。つまり。


「髪が毎日ガビガビになるのも、ちょっとイヤかなって」

「ああ、そういうことか。理解した」

「……うにゅー?」


 ただ一人、頭上にハテナマークを浮かべるうにゅ子。

 けれどその疑問に答える者は、誰もいないのだった。


 ****


 さて、今回のぼくの作戦は単純。

 ぼくたちには幽霊が見つけられない。けれど警備隊には見つけられる。

 ならばぼくたちは、警備隊の近くで探索を続ければいい。そして。


「──警備隊の女騎士さんが幽霊を見つけたら大声で叫んでもらって、そしたらぼくらが駆けつけるというすんぽうです」

「そんな単純な作戦で上手くいくのか……?」

「上手くいかなかったら、その時は別の作戦を考えましょう」

「それもそうか」


 みんなの了解も得たところで作戦実行。

 とはいえ、事前に警備隊の探索範囲を聞いておき、その近くから離れないというだけ。


 そして、成果はその日のうちに出た。


「──きゃあああああ!!」


 絹を裂くような悲鳴が聞こえて、すぐさま現場へと急行する。

 自然にできた洞窟やダンジョンなんかと違って、地下墓地の通路というものはそこまで入り組んだりしていない。

 なのでぼくらは、大きく遅れることなく現場に駆けつけることができた。

 だがしかし。


「……あれ……?」


 錯乱したらしき女騎士が、無我夢中で剣を振りまくっている。

 その先に漂う幽霊には、それらの剣がことごとく素通りしていた。

 スカッ、スカッ、という擬音さえ聞こえてくるようだ。


 攻撃が効かない以上、間違いなく幽霊のハズだけれど──


「……兄さん。アレって、どこかで見たことある気がするんですが……?」

「……どこから見てもバンシーに見えるね。ユズリハさんはどうです?」

「……うむ。キミが毎日足蹴にしていたバンシーそっくりだ」

「なんだか凄く人聞きが悪い!?」


 バンシーというのは幽体型のアンデッドで、当然ながら攻撃が効く。

 それとこの幽霊はどう違うのか。

 目をこらしてみても、バンシーとの違いが分からなかった。


「いったいどこが違うんだ……?」

「見ていても仕方ないな。よしキミ、こちらも攻撃に参加しようじゃないか。なんかこう新たな感触とか分かるかも知れない」

「感触が無いから幽霊なのでは……?」


 とはいえユズリハさんの言うことは正しい。

 なのでぼくは、ユズリハさんと繋いだ手を離して剣を持とうと──


「……あの、ユズリハさん?」

「なんだキミ」

「手を離していただけると……?」

「いやいや、こういう比較は可能な限り同一条件で行う必要があるからな。そしてキミは今日までずっと、わたしの手を握りながらバンシーを足蹴にしていた。となれば今回も、わたしの手を握ったまま幽霊を足蹴にすべきだ」

「そこですか!?」


 衝撃を受けるぼくに、スズハとツバキが追い打ちをかける。


「ユズリハさん、記憶を捏造しないでくださいね。ユズリハさんが手を繋いだ次の日は、いつもわたしが兄さんと手を繋いでいました」

「スズハの翌日は拙の番だったのだ。ちょっとだけドキがムネムネしたのは秘密なのだ」

「うにゅー! うにゅー!」


 そういう時系列的事実の問題じゃないと思う。

 あとうにゅ子は、ここぞとばかりにアピールしようとしてもダメ。


「警備隊のみなさんもいますし、ここは剣でバシッと決めたいんですが……?」

「不許可だ。むしろこの場面はわたしたちの恋人繋ぎを見せつけて、二人の相棒っぷりを喧伝すべき──とかじゃないから早くやりたまえ」

「ごまかし方が雑すぎる!?」


 意図はよく分からないけど、そんなことを話し合ってる時間もない。

 なので仕方なく、ぼくはユズリハさんの手を引きながら前に出て。


「ええい、ままよ! ……って、あれっ……!?」


 そうして警備隊の女騎士が凝視する中、半分ヤケになりながら放ったケンカキックは。

 なぜか、あっけなく幽霊を消滅させたのだった──

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