第240話 ユズリハさんって怖いの苦手ですよね

 その日の深夜。

 ぼくたちはサクラギ邸を出て、王城跡へと向かっていた。


「でもなんで深夜なんだろう。昼でもいいような気もするけど……?」

「分かってませんね兄さん、幽霊といえば夜ですよ。ねえユズリハさん?」

「まあ実際、幽霊の目撃証言があるのもみんな夜だからな」

「なるほどです」


 それはそれとして、深夜ならではの困ったことが一つ。


 ……ぼくの頭上に居座るうにゅ子が、滅茶苦茶おねむなのだ。

 今もぼくの頭にしがみついたまま、鼻提灯を膨らませている。

 ちなみに提灯とは、東の異大陸が由来とされる灯りの一種である。


 スズハがうにゅ子の鼻提灯を割ったり割らなかったりして遊びながら、


「絶対こうなるから、サクラギ邸で待っていた方がいいとは言ったのですが」

「まあうにゅ子なら、なにかあっても大丈夫だとは思うけどね?」


 普段カナデの頭上に乗っていることも多いうにゅ子だけれど、今回カナデはお留守番。

 メイドだから仕方ないよね。


 城門に到着し、警備当番の女騎士と少し話をしてから王城の跡地へ入る。

 建物の解体工事はほとんど終わっているみたいだ。


「そういえばユズリハさん、地下墓地って元から知られてたんですか?」

「いや、トーコも知らなかったらしい。城の解体中に出てきたから調べた結果、どうやら昔あった地下墓地を覆い隠すように城を建てたようだと言っていた」

「そりゃ曰く付きですねえ」

「幽霊はともかくとしても、王城だった地下で普通にアンデッドが出るんだから驚きだ。バンシーとかスケルトンとか」

「やっぱり臭いんですかね? グールとか臭いっていいますけど」

「いや、誰も地下墓地の存在を知らなかったくらい古い分、みんな骨だけになってるから臭くないらしい。その点だけは安心だな」


 そんなことを言いながら、発掘された階段を下って地下墓地の中へ。

 これがダンジョンだと内部が明るい場合も多いが、地下墓地はダンジョンではないので真っ暗である。

 ユズリハさんが使い捨ての魔道具を使うと、仄暗い灯りがぼくたちを照らした。


「……な、なんだか雰囲気があるな……」

「ユズリハさんって怖いの苦手ですよね」

「しょ、しょんなことはにゃいぞスズハきゅん!」


 噛み噛みだった。

 怖いのが苦手というのは本当のようだ。


 ──そう言えば、幽霊の否定派は二種類の人間がいると聞いたことがある。

 いかにも幽霊の出そうな場所に連れてきたとき、完全に平気というタイプと。

 その逆に、もの凄く過剰反応するタイプである。

 なるほどユズリハさんは後者だったか、などと内心で思っていると。


「な、なあ、スズハくんの兄上」

「どうしました?」

「……恥を忍んで告白するが、実はわたしは幽霊的なアレがあまり得意ではなくてな……スケルトンとかバンシーとか吸血鬼みたいな、攻撃できるアンデッドは平気なんだが」


 さっきの反応で分かりました、とはさすがに言えない。


「そうなんですか」

「もちろんわたしは、幽霊が存在するなどと思ってはいないが……しかしそれとは別に、こういう雰囲気がどうにも苦手でな」

「分かります」

「しかし女騎士としては、それでは任務に支障を来すこともある」

「そうですね」

「なのでわたしは──今回を契機として、この弱点を克服したいと思っているんだ」

「おおっ」


 ただでさえ大陸最強の女騎士なのに、僅かな自分の弱点すら自ら潰していくスタイル。

 それがユズリハさんを最強たらしめる要因なのか。


「さすがユズリハさん、女騎士として更なる高みを目指すわけですね!」

「い、いやその……どちらかというとキミの相棒として、いつでもどこでも側にいるため必要というか……」


 ユズリハさんがどんどん小声になってしまったので、最後の方はなにを言ってるかよく聞き取れなかった。


「それで、ぼくは何をお手伝いすれば?」

「うむ。──こほん」


 ユズリハさんが一つ咳払いして、


「これは女騎士に伝わる鍛錬法だが、精神を鍛えるには肉体からという」

「ふむふむ」

「つまり肉体に困難を課し、それに打ち克つことで、精神を成長させるわけだな」

「ほむほむ」

「というわけで今回は、わたしたちがこの地下墓地を探索している間はずっとキミと手を繋いだままでいようと思う」

「ええええっ!?」


 どういうことかと真顔で問うと。


「し、仕方ないだろう……? 周囲を警戒ながら進まねばならないにも関わらず、身体の一部が拘束されている……それが一番手っ取り早くストレスを与える方法だからな!」

「そんなので精神が鍛えられますかねえ!?」

「間違いなく鍛えられるな。ちなみに紐で身体を結ぶとかだと、戦うときに邪魔になる。だから手と手でなければダメだ」


 まあ手を繋ぐだけなら、何かあったら手を離せばいいもんね。


「……それともキミにとって、わたしは手を繋ぐに値しない女だろうか……?」


 魔法の灯りに照らされたユズリハさんは、随分しょんぼりしているように見えた。

 仕方ないなあ。


 嫁入り前の、しかも公爵令嬢が異性と手を繋ぐなんて。

 普通に考えれば、婚約者でもなければダメに決まってるけれど。


「分かりましたよ。──お手をどうぞ、ユズリハさん」


 ぼくの言葉に、ユズリハさんがパッと顔を上げて。


「そ、そうか!? いや言ってみるものだな!」


 さっきの落ち込みが嘘みたいなニコニコ顔で、ユズリハさんがぼくの手を握り。


「えっと、こんな感じですか……?」

「全然違うぞキミ。もっとこう束縛するように、二人の指を交互に一本一本絡めるんだ。け、決してキミと恋人繋ぎをしたいわけではないからな……!」


 そんなぼくたちを見ていたツバキが首を傾げて、


「──スズハ、そんな鍛え方が本当にあるのだ? 拙は聞いたこともないのだ」

「ありますよツバキさん、そんなのあるに決まってるじゃないですか。なぜならば」

「なぜならば?」

「後でわたしも、兄さんに同じ事をしてもらうからです!」

「……それなら、ユズリハさんとスズハの二人でやればいいのでは……?」

「「却下」」


 ぼくの当然すぎる提案は、なぜか一瞬で却下された。げせぬ。

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