第242話 女騎士と幽霊はとても相性が悪い

 斃せないはずの幽霊を、ぼくがなぜか斃してしまってから数日後。


 ユズリハさんから、一応の結論が出たという連絡を受けた。

 というわけで、サクラギ邸の応接室でお話をうかがう。

 スズハたちはガッツリ寝ていたので、ぼくとユズリハさんの二人きりだ。


「すまないなキミ。今夜も探索があるのに呼び出してしまって」

「いえ、とんでもないです」


 ──幽霊と思われていた、けれどぼくが斃せてしまったナニカ。

 その正体を確かめるため、いろんな人間があらゆる限り攻撃してみた。


 その結果。

 ぼく以外にも、うにゅ子は幽霊を斃すことができて。

 けれどスズハやユズリハさんは、他の女騎士と同じく触れることもできなかった。

 そんなことを今一度説明したユズリハさんは、こほんと咳払い一つ。


「さて。これまでの事実を踏まえて、キミならどう考える?」

「女騎士と幽霊はとても相性が悪い」

「そんなおかしな相性があってたまるか!?」


 そうかなあ。

 女騎士はオークと根本的に相性が悪いらしいし、幽霊と相性が悪いとかそういうアレがあっていい気もするけれど。


「──正解はな、魔力量の差だ」


 なるほどね。

 攻撃者の魔力が高いから魔法が効いた、という理屈らしい。


「ですが魔導師の攻撃魔法でも、幽霊は斃せないって聞きましたよ?」

「その通り。魔導師が純粋な魔力をぶっつけても、幽霊にはまるで効かなかった」

「ですよねえ」

「だからこそ、今まで幽霊はモンスターとは完全に別枠だと考えられていたわけだな──だがその常識が、今回打ち破られたというわけだ」

「というと?」

「大魔導師の攻撃魔法よりもキミやうにゅ子の攻撃の方が、纏う魔力量が桁違いに高い。ただそれだけのことだ」

「な、なるほど……?」


 ぼくのことはともかく、うにゅ子の攻撃の一撃一撃にべらぼうな魔力が篭もっている、という話は理解できる。だってハイエルフだし。

 それに考えてみれば、体内の魔力を一番効率よく伝える方法は直接触れること。

 殴る蹴るだ。


 つまりユズリハさんと恋人繋ぎしていたことで、普通は武器で攻撃するところを素手で攻撃したことが、却っていい結果を生んだわけだ。

 偶然とはいえ、これもユズリハさんの提案のおかげ。

 さすが大陸最強の女騎士だなあと感心していると。


「……キミが何を考えているかは知らないが、確実に間違っていると言っておこう」

「なんでですか!?」

「それはともかく、いわゆる幽霊の正体は、実は今回と同じような魔力耐性の極めて高いモンスターだという仮説が出てな」

「理屈としてはさもありなん、って感じですが」

「この発見に、専門家は全員ひっくり返ったそうだぞ。なにしろ幽霊の正体が、実際にはアンデッドだという話だからな」

「アンデッドじゃ説明付かないから、幽霊って言われてたんですもんねえ」


 物理も魔法も攻撃完全無効だからこそ、幽霊はモンスターとは異なる別種の存在として古来より恐れられているのだから。

 幽霊の正体見たりアンデッド、というわけだ。


 ****


 その日の深夜。

 地下墓地での探索中、改めてユズリハさんが幽霊の正体について説明した。

 それを聞いたみんなの反応は、まあ様々で。


「やはりこの男とうにゅ子は魔力量がバグってるのだ。拙はずっとそう思ってたのだ」


 そんな風にツバキがやけに感心する一方でスズハは、


「妙ですね……」

「どうしたのスズハ?」


 どこかの探偵みたいに口に手を当てて考えていた。

 なにが妙なのかと聞いてみると、


「それは確かに今までの常識をひっくり返す、驚愕の事実だと思います」

「うん」

「──ですがユズリハさんは、どうして兄さんにだけ先に伝えたのでしょうか?」

「そこなの!?」

「な、なんのことやら」


 ぼくが呆れる一方、なぜかユズリハさんが明らかに動揺していた。


「幽霊の正体がアンデッドであれなんであれ、どちらにしろ今日の探索をやるのならば、わたしたちと一緒に伝えればいいはずです」

「まあ確かに、地下墓地の探索をどうしようかって話は出なかったね」

「言われてみれば不自然なのだ」

「うにゅー……?」


 ぼくの頭上にしがみつくうにゅ子も不思議がっていた。

 けれどまあ。

 ぼくは当事者として、事情は全て知っているわけで。


「べつにスズハが勘ぐるようなことは何もなかったよ?」

「そ、そうだ! スズハくんの兄上の言うとおりで──」

「話が終わった後にユズリハさんと特訓して、それからじっくり念入りにユズリハさんをマッサージしただけだから」

「それは言わなくてもいいんだぞキミ!?」


 ユズリハさんが慌てているのはなぜだろうか。

 ひょっとしてアレか。

 夜に探索をこなしながら昼も訓練しているなんて努力家の姿を、あえて見せたくないということか。

 さすがユズリハさん、ストイックな女騎士の鏡だなあ。


「ふうん……特訓はまだしも、スペシャルマッサージですか……」

「最近は、地下墓地の探索で全然できてなかったからね、五時間ぐらいじっくりと」

「ユズリハさん?」

「……そ、それはそのアレだ。たまたま、偶然予定より遙かに早く話が終わったからな、探索までの時間つぶしも兼ねて……」

「わたしたちを出し抜いて、兄さんのフルコースマッサージを受けまくったと……?」


 スズハがなぜかジト目でユズリハさんを問い詰める横で、ツバキも頷いて。


「今日のユズリハはやけに肌がツヤツヤテカテカで、どういうことかと疑問だったのだ。でもこれで謎はすべて解けたのだ」

「そもそも、ユズリハさんは話す内容知ってて兄さんを呼び出したはずなのに、五時間もマッサージできるほど時間が余るなんて不自然ですよね……?」

「うにゅー!」

「ううっ……!」


 なんか目の前で、探偵が犯人を追い詰めるみたいな寸劇が繰り広げられていた。

 よく分からないけれど、みんなが楽しそうだしまあいいか。


 ****


 スズハたちとユズリハさんによる話し合いも終わり、地下墓地の探索を再開。

 ちなみにその話し合い、女騎士であることが参加の条件らしく、ぼくは関与してないし内容も一切知らない。

 まあそれはとにかく。


「ところで兄さん。この探索って、いつまで続くんでしょうね? いえわたしとしては、兄さんと一緒に探索するのは大歓迎なのですが……」


 スズハが手を寂しそうにグーパーさせながら聞いてきた。

 ちなみに手を繋いで探索する謎の訓練は、警備隊の隊長による「なんですかそれは? そんなの聞いたことありませんよ?」という一言により終了した。

 女騎士の隊長さんも不審がるほど奇妙な訓練だったけど、おかげで幽霊の謎を解明するきっかけになったので結果オーライだろう。


 そして、幽霊の謎が解明されたということは即ち。


「わたしたちは幽霊騒ぎを解決するために旧王都まで来たわけですが、幽霊騒ぎどころか幽霊そのものの正体まで兄さんは解明してしまいました。となれば、これ以上地下墓地を探索する必要もないのでは?」


 スズハの指摘に、ちっちっちっと指を振り。


「それなんだけどさ。ぼくが思うに、があるんだよ」


 ぼくがそう言うとツバキが反応して、


「そう言えば、今日のおぬしは歩き方がちょっとヘンなのだ。おそらく拾い食いでもしてお腹がピーピーになったと思ってたのだ。でももしかしたら、そのもう一つの謎とやらに関係があるのだ……?」

「そういうこと」


 あとツバキの観察眼はともかく、推察力に問題があると思う。

 ユズリハさんが目を見開いて、


「キミ、それはどういうことだ? 警備隊からの報告にそんな内容は無かったぞ?」

「単純なことなんですけどね」


 ぼくがいつもとは少し違う歩き方で探索しながら、言葉を紡ぐ。


「──今回の幽霊騒動、そもそもなんで起こったんでしょう?」


「なんだと? それは幽霊が……少なくとも今までは幽霊だと言われていたアンデッドが地下墓地に出たからじゃないか?」

「そう。幽霊が実際に出たことを、ぼくらは実際に確認しています。つまり、見間違いや勘違いなんかじゃないんです」

「まあそうだな。しかし幽霊とは実際にはアンデッドだったわけだし、地下墓地に出てもおかしくないだろう」

「地下墓地だから幽霊が出る。その考えはいかにも自然です」


 そこでぼくは一息置いて、


「ですが幽霊が、高レベルのアンデッドだと考えると──今回の場合、それらはどこからやって来たのでしょうか?」

「ふむ?」

「同じ地域やダンジョンに棲息するモンスターの強さは、通常はそこまで変わりません。まあ強いボスが一体いるとかはありますが」

「キミの言うとおりだな」

「バンシーをアンデッドとして見た場合、他のスケルトンなんかとレベルが違いすぎる。かといって、幽霊と思われていた数々のバンシーがボスだとも思えません」


 なにしろぼくが足蹴にしまくったし、目撃情報だってたくさんある。

 そこから導き出したぼくの結論。


「それらが混在する原因は何なのか? ユズリハさんをマッサージしながら考えた結果、ぼくは一つの仮説を立てました」


 その時、足元にコツリと違う感触があった。

 つま先で慎重に何度も叩く。伝わる感触、微かな反響音の違い。


 間違いない。

 


「この地下墓地の下に、んじゃないかって」


 言いながらドン、と強めに足を踏み抜いた。


 その直後。

 地面に巨大な穴が空き、ぼくたちは奈落の底へと落ちていく──


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