第243話 地下神殿の核心部(ユズリハ視点)

 ここは地下に作られた大聖堂なのだろうか、とユズリハは思った。


 天井が高い。

 その一番上には、自分たちが落ちてきた穴がわずかに見えた。

 薄暗くて分かりづらいが天井高は四十メートル、いや五十メートルはあるだろうか。

 落ちたのが普通の女騎士なら、間違いなく死んでいた。


「凄い……聖教国の神殿とかかな?」

「キミ、こんな地下神殿が作られたなんて聞いたこともないぞ?」


 地下を掘り抜いて作られた荘厳な大ホール。

 随所に配置される精緻なレリーフ。

 見方によっては、聖教国の大聖堂よりよほど立派だろう。

 ユズリハが感心しながら眺めていると、スズハがいきなり大声を出した。


「さすがです兄さんっ!」

「え、なに? どしたのスズハ?」

「つまりこれって、王城跡に埋もれていた遺跡を兄さんが見つけたってことですよね!? 間違いなく世紀の大発見ですよ!!」

「いや、そうと決まったわけじゃ……」

「拙もそう思うのだ。おぬしはとてもラッキーな男なのだ、これで官僚をクビになっても考古学者として一生食っていけるのだ」

「なにその褒めてるようで実はバカにされてる感じ!?」


 ツバキの言い方はアレとしても、内容としては間違いなく正しい。

 ユズリハの見立てでは、それほどにこの遺跡はとんでもないものだ。

 なにしろ──


「……恐らくだが、この神殿を作ったのはドワーフだ」

「え? そうなんですか?」

「わたしはこれでも公爵令嬢だからな。多少は分かる」


 ──昔から戦場に駆り出され、ついには殺戮の戦女神キリング・ゴッデスとまで渾名されたユズリハだが、休戦時期は公爵家直系長姫として様々な社交に振り回されていた。


 具体的にはパーティーだ。

 ユズリハは地位も名声も美貌もスタイルも完璧なので、国内外から様々なパーティーのお誘いが引っ切りなしにやってくる。

 中でも新築祝いだの改築祝いだのは、割とあるジャンルの一つで。


 なにしろ誕生日なら毎年あるが、新築や改築の祝いなんて数十年に一度。

 しかも大抵はその貴族の威信やメンツを賭けたもので、築造に数十年がかりなんて話すら珍しくない。

 ある意味で居城は貴族の象徴そのものだから当然だ。

 となれば、パーティーを断るのも社交的によろしくない。


 そして、ユズリハを呼べる上級貴族の城なんてものはまあ豪華絢爛、微に入り細に入りむやみやたらと懲りまくって、時には伝説のエルフやドワーフや古代文明の意匠なんかもバンバン取り入れまくったりする。

 というわけでユズリハは、大陸の貴族が好むような建築様式は一通り勉強していのだ。

 それら知識を必死で思い出しながら、推測して導かれた結論。


「これは、ひょっとしたら……この大陸に人間の国が誕生するよりも、ずっとずっと昔に建てられたものかも知れないな……」


 ユズリハは専門家ではないので、断言することは不可能だ。

 けれど、恐らくそうだろうという、奇妙な確信があった。

 ユズリハは思う。


 ──遙か昔、神話の時代に建てられた地下神殿。

 それを神話みたいにデタラメな相棒が発見したのは、むしろ必然ではないか──


「……ユズリハさん?」


 ふと気がつくと、ユズリハの目の前にはスズハのどアップが映っていて。


「さっきから、なに虚空に向かってブツブツ言いながらドヤ顔してるんですか?」

「そ、そんなことしてないぞ!?」

「いいから行きましょう。みんな待ってますよ?」

「ああ、すまない」


 この神殿で挙式というのもロマンチックだな、とか考えていたことはおくびにも出さず。

 ユズリハは、キリッとした女騎士の顔に戻るのであった。


 ****


 予想通り、というか予想以上に地下神殿のモンスターは強かった。

 バンシーはもちろん、スケルトンやマミーにヴァンパイアなど。

 スズハやユズリハたちですら、防戦するのが精一杯である。


 そして、そんな強敵との戦闘を一手に担ったスズハの兄はといえば。


「……はあ……」

「どうしたキミ!? いきなり溜息なんてついて!」

「いえ……これがアンデッドでなければ、さぞかし美味しいお肉だっただろうと思ったら、唐突に悲しくなって……」

「まあ、モンスターは基本的に、強い方が美味いからな」

「そうなんですよ。でもモンスターがアンデッドじゃ食べられないので……」

「それはそうだ」


 アンデッドの肉は腐っているし、スケルトンに至ってはそもそも骨しか残っていない。

 しょぼくれるスズハの兄を見ていたツバキが、ぽんと手を打って。


「そんなに食べたいなら、骨を食べればいいのだ」

「ぼくは犬じゃないよ!?」

「拙はこっちの料理はよく知らないけど、東の大陸には骨を割って、中にある骨髄を啜る料理があると聞いたのだ」

「はっ……肉は無くても骨が……!?」

「キミ、目を覚ませ」


 肉が腐っているのに、骨の中身が腐っていない道理があろうか。

 スズハの兄も少しして、がっくりと項垂れる。


「いやどう考えてもダメでしょ……」

「やっと気づいたか」


 やはりわたしが相棒をしっかり支えなくちゃな、なんてユズリハが改めて思ったり。

 そんなこんながありつつも、それなりに広い地下神殿を探索し回った。


 そして、神殿の最奥部に到達して。


「……どう考えても、この先が地下神殿の核心部ですね」

「造りからして間違いないだろうな」

「行きましょう、兄さん!」

「拙もせっかくここまで来たんだから、中を見てみたいのだ」

「うにゅー!」


 スズハの兄が扉を開ける。


 ****


 そこは礼拝堂でも、宝物庫でもなかった。

 一番近いイメージは、王の謁見の間。

 ここが神殿だと考えると、教皇の謁見の間かもしれない。そして。


「……キミ、気をつけろ……!」


 中央の玉座には一体のスケルトンが腰掛けていた。

 窪んだ眼窩に赫暗い光がともる。

 すぐ側に立てかけてあった大剣を手に取り、スケルトンがゆっくり立ち上がった。

 圧倒的な王者の威圧が、それだけで立っていられないほどの圧力を生じさせて。


 絶対的な支配者が誰なのか、絶望と共に思い知らせるのだ──


「じゃあちょっくら行ってきます」

「……は?」


 頭上からうにゅ子を降ろしたスズハの兄は、てくてくと玉座の前まで歩いていって。

 威圧がまるで効かなくて、なんとなく困惑しているオーラを放つスケルトンに向かい、静かに合掌して一言。


「どうぞ安らかにお眠りください」

「…………!?」


 我に返ったらしいスケルトンが、神速のスピードで大剣を振り下ろす。

 けれど真正面に立っていたスズハの兄は、最小限の動きでそれを躱したと思った直後、人差し指をスケルトンの正中線に突き刺して──


 ドゴオオオオオオオオオォォォォォン──────────!!!


 突然とんでもない爆発が起きた。

 爆風がユズリハたちを襲い、視界が完全にゼロになる。


 やがて砂埃が晴れ、ようやく周囲を見渡せるようになった時。

 スケルトンは、影も形も無くなっていた。

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