第244話 大剣とルビー
「うにゅーっ!!」
駆けてきたうにゅ子が胸に飛び込んだので、抱きかかえて頭の上に載せる。
なんとなく強そうだったけど、実際はそんなことなくて良かった。
「に、兄さん。あのスケルトンは──?」
「成仏させたよ」
スケルトンに痛覚があるかどうかはよく知らないけれど、きっと痛みを感じる間もなく天に召されたことだろう。
恐らくそこに座っていたスケルトンは、王族とか大神官のなれの果てなわけで。
それをバンシーみたいに足蹴で消し飛ばしたら、なんだか祟られそうじゃないですか。
特殊な呪いとかで。
いやまあ、貴族への偏見だと言われたらその通りだけど。
ツバキもなぜか呆れた顔で、
「まったく。コカトリスはまだ肉があるから分かるのだ、でもどうやったらスケルトンが指一本でばばんばーってなるのだ……?」
「ツバキ、粉塵爆発って知ってる?」
「知らないのだ。それがどうしたのだ」
「骨ってさ、砕くと粉になるんだよ」
「言ってる意味は分からないけど、それとあのバカげた大爆発は絶対に関係ないのだ」
「うにゅにゅー!」
うにゅ子にまで否定されてしまった。なぜだ。
これはもうユズリハさんを味方につけるしかないと見回すと、
「──キミ、これを見てみろ!」
玉座の前でかがんでいたユズリハさんが立ち上がる。
その右手には、スケルトンの手にしていた見事な大剣。
そして左手には、怪しく光り輝く大ぶりのルビーが一つ。
「どうしたんですか、そのルビー」
「スケルトンのいた場所に落ちていたんだ」
「へえ、気づきませんでした」
「ひょっとしたら、このルビーこそがスケルトンの核だったのかも知れないな。もしくはこの地下神殿の動力すら……」
ユズリハさんがブツブツと考察を始めたみたいだけれど、ぼくにはさっぱり分からない。
なにしろぼくは一般人だからね。
「じゃあ今日のところは帰りましょうか」
「そうですね、兄さん」
「うにゅー!」
というわけで、ぼくたちは元来た道をジャンプして、地下墓地を経由して地上へ戻る。
警備隊に地下神殿の穴のことを話したらビックリしていた。
そして、地下墓地ではその日以降。
あれほど目撃されていた幽霊が、ピタリと姿を消したのだった。
****
もともとは旧王都から直接サクラギ公爵領へ行こうと主張していたユズリハさんだが、謎の地下神殿まで発掘された以上スルーも出来ず、報告がてら一度ローエングリン城へと戻ることになった。
そしていつもの領地に戻り、トーコさんに謁見する。
ちなみにユズリハさんは忙しそうだったので、報告者はぼく一人だ。
「えっ……ボクの住んでた城の地下深くに、そんなものが眠っちゃってたの……!?」
「そうなりますね」
トーコさんがショックを受けるのもさもありなん。
自分の生まれ育った家の下にはアンデッドがわんさかひしめいてただなんて、ぼくでも想像したくない。
「で、その地下神殿のボスが持ってたってのがこれ?」
「はい。どうぞ」
大剣とルビーを渡すと、トーコさんが難しい顔でまじまじと観察する。
「……まさか、いやでも……そうとしか……」
「あの、トーコさん? 何か心当たりでも?」
「無きにしもあらず、ってところかな」
トーコさんがはあ、と息を吐いて。
「──いい? スズハ兄、これから話すことは絶対に他言無用だから」
「あ、そういうことなら聞かないでも全然構いませんので」
「うっさいわね。いいから聞きなさい、これは王家に伝わる秘伝なんだけど──」
それからのトーコさんの話によれば。
なんでも王家には、古来より伝わる伝説があるのだという。
それはあまりに古すぎて、王家の人間もみんな作り話だと思っていた伝説。
──かつて、人間が建国し王城を建てるずっと前。
その地はエルフやドワーフたちが共同で統治する楽園だった。
代々の王は賢明で、王の証として『王者の剣』と『賢者の石』を常に身につけていた。
しかし、ある時一人の王が堕落し、永遠の命を希求してしまう。
その王は賢者の石を呑み込むことで、アンデッドとして永遠の命を得た。
しかしその天罰として、楽園は地下へと沈んでいったのだと──
トーコさんが伝説を語り終えると、神妙な顔で聞いた。
「……ねえスズハ兄、これってどう思う?」
「どう思うと言われましても」
状況として、かなり当てはまってるとは思うけど。
でもだからって伝承が真実だとは、とても信じられないわけで。
「詳しいことは調査待ちでしょうね」
「でも強力なアンデッドが出るんでしょ?」
「恐らくですが、ボスっぽいやつを斃してからモンスターを見ませんでしたし幽霊騒ぎも収まったのでもう大丈夫かと。油断は禁物ですけど」
「そっか。その規模だと、調査はかなり長引きそうだしねー」
まあその辺は、もうぼくの領分ではない。
あとは専門家のみなさんが頑張ってくれることだろう。
そこでぼくは、一つ言い忘れていたことを思い出した。
「ああそうだ、その大剣とルビーは献上品ですから」
「はあ!? なに言っちゃってるの!?」
「お土産だと思っていただければ。もしくはお城の新築祝いとか」
「こんな高価すぎるお土産なんて有るわけないでしょー!?」
やっぱりトーコさんから見ても高く見えるか。
ぼくもそう思う。でもねえ。
「ユズリハさんにも聞いたんですけど、いらないからぼくが持ってろって言われまして。でもこんなの持ってても食べられないですし、かと言って売るのもなんとなくアレで」
「絶対売っちゃダメだからね!?」
「それはもう」
じつはツバキが「要らないなら売るからくれなのだ」と言ったのだが、ユズリハさんが憤怒の形相になったので「……なーんちゃって、なのだ……」と撤回した過去がある。
あの様子を見たら、さすがに売るのはマズいと分かる。
でも売れないなら要らない、というのはぼくもツバキと同じ見解だ。
なのでこういうものは、収まるべき所に収まるべきなのだ。
つまり王家。
「それにアレですよ、トーコさんも言ってたじゃないですか」
「……なにがよ?」
「王者の剣と賢者の石は、王様の証なんだって。だったらこれは、女王たるトーコさんが王権の継承者として持つべきでしょう」
もうね、我ながら完璧な理論展開である。
この鉄壁の理論、打ち崩せるなら打ち崩してみていただきたい──!
「──いや、やっぱ二つともスズハ兄が持ってて」
「あるぇ!?」
ぼくの完璧な理論のどこがご不満だというのか。
ジト目で無言の抗議をするも、トーコさんはもう話は終わりだとばかりに手を振って。
「あーはい、剣もルビーもスズハ兄が持ってること。これ決定ね」
「だからぼくは要らんのですよ! それに王城跡の地下から出てきたんだから、そもそも所有権は王家にあるでしょう!」
「女王のボクがいいって言ってるからいいの。所有権はスズハ兄、でも売ったらダメね。これ決定事項だから」
「なんでなんですか──!?」
せっかく王城の新築祝いになると思ったのに、なんということでしょう。
当てが外れ、ひっそり肩を落とすぼくには、トーコさんの小声の呟きは届かなかった。
「──それにもうすぐ、スズハ兄が正当な継承者になるんだから──」
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