第153話 清楚な儀式なので

 エルフの皆さんに渡したオリハルコンをほぼ全部使って、ようやく破魔の剣が完成した。

 それでいいのかと思ったら、彷徨える白髪吸血鬼との戦闘の後再利用するのだという。

「じゃからおぬし、絶対に無くすんじゃないぞ!」

「いや、無くしようもないと思いますが……」

 その後は、ぼくの魔力が万全に回復するまで数日間の様子見を経て。

 ついに明日、彷徨える白髪吸血鬼と対決することになった。


 ****


 決戦前夜、ぼくは禊をするため滝に打たれていた。

 こういう儀式も吸血鬼相手には、気休め程度に効果があるらしい。

 今は少しでも効果があるなら、なんでもすべきと長老が言っていた。ぼくも同意見だ。

 滝行なので着ているものは下着一枚のみ。

 滝に打たれながら瞑想し、魔力に意識を集中していると時間の経過が分からなくなる。

 頃合いになったら呼びに来ると言っていたので大丈夫だろう。


「──さん、兄さん──」


 自分の肩を何度も揺すられたぼくは、ようやく深層から意識を外に浮かび上がらせる。

 瞑想の時間は終了みたいだ。

 そして、目を開けたぼくの視界に映ったもの。


 月明かりに照らされて水しぶきに濡れた、白い紐パン一枚だけのスズハの姿。


「なっ!? スズハ、なんて格好なの!」

「し、仕方ないじゃないですか……神聖な禊の儀式において身につけていい服は、純白の下着しかないって言われましたから……」

「いやいやいや!? 女性は胸にサラシを巻いていいって、ぼく聞いたけど!」

「あんなサラシ、軽く胸を張ったら千切れてしまいました。それに兄さんになら……べ、別に、見られてもっ……」


 顔を真っ赤にしながら俯きつつ、上目遣いでぼくに弁明するスズハの表情。

 しかもその直下には、頭よりもたわわに実りまくった二つの膨らみが、暴力的なまでの主張をしてくるのだ。

 妹じゃなかったら本当にヤバかった。


「ああもう! いいからぼくの背中に回って!」

「は、はい……!」

「ちょっとスズハ!? どうしてぼくの背中に抱きつくのかな!?」

「あ、すみません。兄さんの背中が広いなって思ったら、つい……もとい、滝行で冷たくなった兄さんの身体を温めようと、つい」

「つい、じゃないが!?」


 これがスズハで本当に助かったと再度思う。


「別に良いじゃないですか。背中くらい」

「まあいいけど……なんでスズハが迎えに来たの? 長老が来るって言ってたけど?」

「それがですね兄さん。最初は予定通り、エルフの長老が迎えに行こうとしたのですが」

「うん」

「その格好を見たユズリハさんが、大いにゴネまして」

「……いやな予感がする」

「なにしろその時の長老の格好は、ぱんぱんに張り詰めまくった爆乳をサラシで抑えて、下半身は白の紐パン一枚。そのサキュバス顔負けの男を殺すどちゃクソ爆裂エロボディのあまりの全開ぶりに、そんな格好で兄さんを迎えに行かせるわけにはいかないと」

「……そのクセの強い表現、一体どこで学んだのかな?」

「サクラギ公爵家のメイドからですが何か」


 うん、いたねそういえば。やたら表現のクセの強いメイドさんが。

 ぼくの妹にヘンな影響を与えるのは止めていただきたい。


「まあいいや。それでどうなったの?」

「はい。ユズリハさんと長老が言い争いになり最終的にはキャットファイトを始めたので、その隙を突いてわたしが来ました」

「いや止めようよ!?」

「必要ないでしょう。アレは二人とも、殴り合って友情を芽生えさせるタイプです」

「……確かに否定できないかも」


 あれで二人とも、熱血な部分があるっぽいからなあ。

 まあユズリハさんは女騎士なので、当然かもしれないけれど。


 ****


 そうして。

 スズハが背中を抱きしめたまま、だいぶ長い時間が経ってからポツリと呟く。


「……兄さん」

「なに?」

「明日の彷徨える白髪吸血鬼との戦い──きっちりお膳立てされているように見えますが、本当は相当危ないんですよね?」

「……なんで気づいたの?」


 困ったな。

 誰にも気づかれないように、平気なフリをしていたはずなのに。


「兄さんは自分が危険になるほど、逆に何でもない風に見せようとするタイプですから」

「かえって不自然になっちゃったか。失敗したなあ」

「兄さんは、うにゅ子を助けるために命を懸けるのですね」

「うーん……」


 そりゃ確かに、うにゅ子に対する情はあるし、助けたいという気持ちは強い。

 けれどそのためだけに、危険を承知で彷徨える白髪吸血鬼と戦うのかというと、決してそうじゃないという気がする。

 じゃあ世界を救うために戦うのかと言われれば、そういう意識も薄い。


 だからそれはきっと、つまるところ──


「……多分ぼくは、決着を付けたいんだと思う」

「決着、ですか」

「そう。ぼくと彷徨える白髪吸血鬼との、決着」


 ずっと昔、目の前で故郷の村人が皆殺しにされた。

 ぼく自身もスズハも、何度も殺されかけた。ユズリハさんは胸に風穴を開けられた。

 それはたとえ、彷徨える白髪吸血鬼のどんな事情を聞いても、決して消えることはない。


 けれど同時に、ずっと悪魔を抑えつけていたうにゅ子は偉いと思うし助けたいとも思う。

 だから最後に、決着を付ける。

 ただそれだけのこと。


 ──そんなぼくの言葉を聞いたスズハが、ぼくを止めることはなかった。

 その代わりに聞いてきた。


「実際のところ、勝算はどうなんですか?」

「かなり危険だと思う」


 明日の戦いは、恐らく今まで彷徨える白髪吸血鬼と対決した中で一番ヤバい。


 明日の戦いでは、うにゅ子を幼児形態から戻すために、オリハルコンを与える。

 さすがに幼児形態のまま破邪の剣をぶっ刺せば、悪魔とともにうにゅ子も死んでしまう。

 それは純粋に体力的な問題。

 けれどそれは同時に、うにゅ子に眠る彷徨える白髪吸血鬼も強化する結果となる。

 その結果がどうなるかは、まだ誰にも分からない。

 こちらの装備が充実していて、戦いの舞台にも破邪の結界が張られる場所で対決する分、総合的にも弱体化しているかもしれない。


 けれどぼくの直感は、今までで一番ヤバいと警鐘を鳴らしている。

 だからぼくは、卑怯な論法でスズハの口を封じた。


「ねえスズハ、思い出して」

「何をでしょう?」

「ぼくが今までスズハの約束を破って、帰らなかったことがある?」

「……いいえ。一度も」

「ならば今回も、ぼくを信じてくれないかな」


 一番信じていないのは自分なくせに、ぼくはスズハに信じろと強要する。

 スズハがぼくの背中を抱く力が、痛いくらい強くなって。

 ぼくの背中に押しつけられた豊満な胸が、さらに一段と押しつけられて。

 スズハのぼくを抱きしめる腕が、微かに震えていて。


「……スズハはいつまでも、兄さんの帰りをお待ちしております」

「うん。いい子で待っててね」

「兄さん。ご武運を」


 それ以上、スズハは何も言わなかった。

 スズハは全部知って、それでもぼくを信じて送り出してくれるのだと分かった。

 だからぼくは、その期待に応えようと思った。


「…………」

「…………」


 二人ともなにも言わない。動かない。

 スズハがぼくを抱きしめたまま、滝の音だけが響き、月明かりだけが二人を照らす。


 ****


 そんな時間が、どれくらい続いただろうか。

 永遠とも思える沈黙は、唐突に破られた。

 パシャパシャと誰かが近づいてくる音がして、


「待たせたなキミ! そんなに滝行したら風邪を引いてしまうぞ──ってあれ……?」


 白い装束を身に纏ったユズリハさんが、ぼくたちを見て固まる。


 スズハが地獄の底から出したような声で、


「いまさらのこのこ出てきて何のつもりですか? このお邪魔岩」

「岩じゃないぞ!? っていうか、なんでスズハくんはマッパなんだ!?」

「清楚な儀式なので」

「それを言うなら神聖だろう!? ていうか女子は白襦袢を着ていいんだが!」

「ええええ!? そうなのスズハ!?」


 ぼくが聞くと、スズハが下手な口笛を吹いて。


「……わたしは知りませんでした。なので無罪です」

「いずれにせよ、そんなハレンチな格好でスズハくんの兄上に抱きつくなど言語道断! ていうか相棒の背中はわたしのものだ、さあ代わるがいい!」

「断固拒否します!」


 ****


 その後、スズハとユズリハさんがぼくを中心に、まるでバターになる勢いでぐるぐると回っているうちに。

 ついに、決戦の朝を迎えたのだった。






****************

本日9月20日(水)発売のドラゴンマガジン11月号(通常書籍版)をゲーマーズ店頭で購入されますと、

当作品「妹が女騎士学園に入学したらなぜか救国の英雄になりました。ぼくが。」のSSリーフレットが特典で付いてきます!

もしよろしければぜひ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る