第154話 決戦(ユズリハ視点)
彷徨える白髪吸血鬼との対決は、エルフの里から少し離れた丘の下でやることになった。
うにゅ子がオリハルコンを受け取ってすぐ、オリハルコンが溶けるように消えた。
魔力が吸収されたのだ。
そして目の前に、二度と見たくないと心底願った死神が復活する。
その外見は恐ろしく痩せた、この世のものと思えないほど美しい少女。
白いワンピースに麦わら帽子。まるで夏のお嬢様みたいな格好で。
けれど騙されてはいけない。
その両眼は、血液よりもなお赤黒い
腰まで届くその長髪は、どんな雪よりもなお白い。
それは、見た者全ての生命を刈り尽くす死神。
その名は──彷徨える白髪吸血鬼。
「──っ!?」
正直ユズリハは、今まで楽観視していた。
だってスズハの兄はのほほんとしていたし、破邪の宝玉も、オリハルコンの剣もあるし、なによりスズハの兄がのほほんとしていたし。
そんな楽勝ムードは──彷徨える白髪吸血鬼の姿を見た瞬間に吹き飛んだ。
「ス、スズハくん!? あれは、」
「なんですかユズリハさん。兄さんが過去最大の強敵に立ち向かってるんですよ、黙って見ていられないんですか?」
「だって! スズハくんの兄上は、そんなこと一言も──!」
「一つだけ教えてあげます」
仕方ありませんね、と言わんばかりにスズハが続けて。
「本当にイイ男は、言葉でなんて語りません。──ただ背中で語るんです」
「なっ……!?」
「そんなことも分からないうちは、兄さんの背中を護るなんて百年早いですね」
ショックを受けるユズリハだったが、自分の目線はそんなことに関係なく動いていた。
というよりも女騎士の本能が、目の前で繰り広げられる凄まじい戦いから目を離すことを拒否していた。
数ヶ月前なら、到底追い切れなかったであろう凄まじい速度。
けれど日々の鍛錬を続けるユズリハは、なんとかその動きを捕らえることができた。
その中でもスズハの兄の背中に、全神経を集中させる。
目の血管が切れんばかりに。
そうしているうち、ユズリハにもようやく、なんとなく分かってきた。
スズハの兄が、彷徨える白髪吸血鬼を攻めあぐねていることを──
「……ああそうか、わたしが愚かだった」
「はい?」
「わたしは相棒の背中を護ることにばかり気を配り、相棒の背中と対話することを怠った。背中の筋肉を観察すれば様々な状況が分かる、つまりそういうことだな?」
「いえ……そんな曲芸じみたことは要求してませんが……?」
その時、エルフの長老がポツリと呟いた。
「なるほど。これは拙いかもしれんの……」
「どうしてですか!?」
「あの男が攻撃せん。攻撃する場所を見極めておるようじゃ……恐らく、姫様への負担を最小限に留めようとしておるのじゃろう」
いくら破邪の剣、しかも回復魔法が染み込んでいるオリハルコン製だとはいえ、それを胴体にぶっ刺したら、普通は死なないまでも大ダメージを負う。
それもハイエルフに巣くう彷徨える白髪吸血鬼を確実に仕留めるためには、殺したかも程度では駄目なわけで。
誰がどう見ても死んだだろう、というくらいにハイエルフの身体に大穴を空けなければ、間違いなく仕留めたとは言えないのだ。
しかし胴体の風穴が大きければ大きいほど、依代のハイエルフを救える確率は級数的に小さくなっていくわけで──
「……恐らく、一撃で決まるじゃろうな」
長老の言葉に、スズハたちが息を呑んだ。
「あの男は、一撃で全て決めるつもりじゃろう。魔力の問題もある。姫様を救う可能性を最大限にするために。もしそれが失敗したら」
「失敗したら、兄さんは──?」
「姫様の生存を諦めて、彷徨える白髪吸血鬼を倒すつもりじゃろうな」
「…………」
「ワシも侮っておった。あの彷徨える白髪吸血鬼は万全じゃよ、二度も手加減を許すほど甘い敵ではない」
そしてついに、決着の時が来た。
一方的に攻撃を続けた彷徨える白髪吸血鬼が、必殺の一撃を加えようと空中に躍り出たその瞬間、スズハの兄の剣が揺らめく。
そして、その刃は吸い込まれるように、彷徨える白髪吸血鬼の左胸に突き刺さり。
心臓を貫いて、背中側へと抜け──
「ああっ!?」
エルフの長老が叫んだのと同時に、オリハルコンの剣は粉々に砕け散って。
まるで傷ついたハイエルフの身体を優しく包み込むかのように、キラキラと空気の中に溶けていったのだった。
「わ、わ、ワシのオリハルコンがあぁぁぁ────!?」
涙ながらに絶叫する長老の声に、スズハとユズリハの心は一つになったのだった。
別に、長老のオリハルコンじゃないんですけど──
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