4章 オーガの大樹海

第30話 もう少し常識というものを学ぶべきだ

 その日、公爵邸での夕食時に聞いた話によると。

 期末考査はなんと無試験で、スズハが学年トップに決まったという。


「え? それってどういうことです? 逆転のチャンスもないんですか?」

「いやいや、そんなことは無いぞ。無いんだが……」


 ユズリハさんが困ったような口調で解説する。


「普通はだな、入試で試験官を倒した生徒が──ここではスズハくんだが、期末試験で学年全員を相手に勝負するんだ。それで全員倒せば文句なしに首席、もしスズハくんが負ければその時点で残っている生徒全員で、改めてトーナメントを組む予定だった」

「それもそれで凄い試験方法ですね……」

「そうでもしなければ勝負にならん。ただ、わたしの時はそれで機能したんだが……」


 そういえば、入試で試験官を倒しちゃったのはユズリハさんが史上初、スズハが二人目だって言ってたっけ。


「今回はそれではダメだったと?」

「いえ兄さん。わたしはそれで構わないのですが、みなさん棄権なさいましたので」

「棄権?」

「はい。事前にわたしがどの程度の力を持っているか、お伝えしようと思いまして──」

「うん」

「校庭にあった推定重量5トンの岩を素手で持ち上げたのち抱き潰してみせたところ、なぜかクラスのみなさんが顔面蒼白になって、全員棄権してしまいましたので」

「ふむ……」


 もしそれが一般人相手なら、脅かすにも程があるというところ。

 けれど曲がりなりにも王立最強騎士女学園に入学して一学期が過ぎたのだから、どの生徒もそれくらいはできてもおかしくないし……


「なんで棄権したんだろう?」

「まるで理解不能です」

「……スズハくんとその兄上は、もう少し常識というものを学ぶべきだ」


 公爵家ご令嬢から常識についてダメ出しを受けた。つらい。

 ぼくの中では「この常識知らず!」ってセリフは、庶民が貴族を罵るときの代名詞なんだけどなあ。


「まあそんなことはどうでもいい。スズハくんの兄上、問題は今後のことだ」

「というと?」

「わたしたちに、軍最高司令部から直接命令が下った」


 最高司令部からご指名いただくとは、さすがユズリハさんと感心していると。


「なにを他人事みたいな顔をしている。命令にはスズハくんの兄上も当然含まれているんだぞ?」

「ええ? ですがぼくは、軍人でもなんでもない素人の平民ですけど……?」

「あれほどの模擬戦闘を披露しておいてなにが素人だ。バカめ」


 ユズリハさんにジト目で睨まれた。なぜなのか。


「まあスズハくんの兄上に、自覚がないのは今さらだとして」

「あれ、ぼくまた何かやっちゃいました?」

「やかましい、話が進まないだろう。最高司令部からの命令を聞いて驚くといい──わたしとスズハくん兄妹の三人で、国境沿いにある『オーガの大樹海』の防衛任務に当たること、だと」


 苦虫を噛み潰したような顔でユズリハさんが吐き捨てた。

 けれど命令を聞く限り、そこまで頭にくるような内容ではないように思う。

 たしかにぼくは軍属じゃないけど、日当が出るなら別に構わないし……


「分かってないようだな。この命令は、というものなんだぞ?」

「……はい?」


 ユズリハさんの言葉を噛みしめたぼくは、やがて一つの可能性に思い当たる。

 いやいやいや、でもまさかそんなバカな。


「ユズリハさん。念のため確認なんですが、その任務はぼくたちの他にたくさん兵士がいるんですよね……?」

「そんなものいるか」

「えーと? ぼくの知識の限りだとオーガの大樹海っていうのは、数十万のオーガが棲んでる上、毎年夏の繁殖期には溢れたオーガがボロボロ森の外に出てくるっていう、とっても危険でなおかつ国防上とても重要な場所なんですけど……?」

「その通りだ」

「しかも大樹海のオーガは普通のオーガじゃない変異種の割合が高くて、兵士どころか訓練された騎士ですら複数で対処するのが基本だって聞いたような……?」

「よく勉強しているな。キミなら今すぐにでも騎士として推薦できるがどうだ?」

「いりませんから。ていうかそんな所にぼくたち三人だけなんて、遠回しに言うとちょーっと頭がフットーしてるんじゃないでしょうか……?」

「わたしだってそう思っているさ!」


 なるほど、これはユズリハさんがブチキレるわけだ。


「最高司令部の使者がこの命令を伝達に来たとき、わたしに向かって『彷徨える白髪吸血鬼と対等に戦ったなら、まあ楽に出来る仕事であろうな。ははは──』などとのたまいやがってな。あまりに頭にきたので、わたしがどれだけのかを使者の身体に骨の髄まで教え込んでやった。文字通り」

「……文字通り?」

「兄さん……公爵邸には死者蘇生の魔方陣があります」

「あっ(察し)」


 鋭いぼくは、どういうことか理解してしまった。


「スズハくんは理解が早いな。まあフルパワーで抱きしめて全身の骨という骨にヒビを入れた激痛で発狂させたり、パンチ一発で内蔵全てを破裂させたり、優しく握りつぶして四肢を一本ずつ砕いていったり、色々とな」

「うわあ……」

「多少やり過ぎたのか最後にはわたしが視界に入るだけで、恐怖で震えと小便と泣きゲロが止まらない状態になっていたが……おやスズハくんの兄上、なぜ一歩引いているんだ?」

「正直ドン引きですよ」


 ユズリハさんは絶対怒らせたらいけないと、改めて思い知ったのだった。

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