第29話 わたしの用事はキミと一曲踊ること

 その後ぼくは会場の庭園に戻り、やがて屋外パーティーはつつがなく終了した。

 暗殺者の再度の襲撃は結局なかった。

 頭ではまずあり得ないと分かっていても、実際に起こらなければホッとするものだ。


「──もうみんな帰ったようだな」

「そうですね」


 パーティー会場だった庭園に残っているのは、ぼくとユズリハさんだけ。

 照明も落ちて星灯りだけが頼りだけれど、ぼくもユズリハさんもそれなりに夜目は効くほうだ。


「それでユズリハさん、こんなところにぼくを連れ出した用事ってなんです?」


 ユズリハさんが暗殺されかけたことは、まだ本人には言っていない。だからその件ではないはずだ。

 暗殺のことを話して、屋外パーティーで楽しそうなユズリハさんに水を差すのは、どうにも憚られた。

 後で公爵が自分から話すと言っていたし、今日くらいはパーティーを満喫してもいいのではないかと思ったのだ。


「わたしの用事か。それはだな、キミと一曲踊ることだ」

「……はい?」

「ロマンチックな星灯りの下で、素敵なドレスに身を包んだわたしが、と一曲ダンスを踊る。──そんなシーンを、わたしはずっと、ずっと夢見ていた」


 ぼくはユズリハさんに、相棒と呼ばれるようなことをした記憶は基本的に無い。

 ただ、一つだけ。

 彷徨える白髪吸血鬼との戦いの最中、身を挺して命がけでぼくを庇おうとしたユズリハさん──あのとき確かに、ぼくたちはだった。


「二人っきりなら、こんなものはもう不要だな」


 ユズリハさんが肩から掛けていたケープを投げ捨てる。

 片方で頭よりも大きい、熟れすぎた完熟メロンが二つ、瑞々しいハリで存在を自己主張してくる。

 深すぎる谷間の切れ込みは、ぼくの肘から先をまるまる呑み込めそうなほどだ。


「なあキミ。わたしはな、子供の頃から憧れてたんだよ」

「なにをですか?」

「わたしみたいなガサツな女でも──殺戮の戦女神キリング・ゴッデスなどと渾名されて、男にも女にも等しく死神として恐れられるような女にも、ちゃんとがいて──」

「……はい……」

「でもその男は、当然わたしを相棒として見ていて、女としてなんか欠片も見たことが無い。だからわたしは、その男に復讐してやるんだ」

「……はい……」

「ロマンチックな星灯りの夜、誰もいなくなった庭園で、目一杯着飾ったわたしと一緒にダンスを踊る。その時相棒は、わたしがただの頼りになる相棒だけじゃなく、本当は年頃の女の子だったことに気付く──そんなストーリーなのさ」


 それはきっと、ユズリハさんがずっと求めていたもの。

 そして恐らくは不幸なことに、相棒としてふさわしい人間がみつからなかったのだろう。

 わずか10歳で初陣を飾り、それからずっと戦場を駆け抜けてきた間、ずっと。


「どうだろうスズハくんの兄上。ダメ、かな……?」


 ユズリハさんだって本当はきっと分かってる。

 ぼくは彼女がずっと夢見ていた、理想の相棒なんかじゃないことを。 

 ただそういうがあっただけの、付き合いもお互いの知識もまるで足りない男。

 だから。

 ぼくの答えは、一つしかなかった。


「──さあ。お手をどうぞ、お嬢様」

「──うんっ──!!」


 ぼくがなんちゃって貴族スタイルで恭しく差し出した手を、ユズリハさんは泣き出しそうなほど満面の笑顔で握りしめた。

 そのまま強く引っ張られる。

 これは、ただのごっこ遊び。

 子供がやるようなおままごとと本質的に何も変わらない。

 だからユズリハさんはなんの気兼ねもなく、今だけはぼくを、本当に長年連れ添った相棒のように扱うのだから。


 月灯りの下、ダンスが始まる。

 ぼくは平民なので、当然ダンスのステップなんて知らない。

 だからユズリハさんの動きに合わせて、なんとなくで動くしかなかった。


「何も知らないでそれなりに合わせてくる運動神経はさすがの一言だが……うむ、今度からわたしが直々にダンスレッスンをしようじゃないか」

「謹んでご遠慮いたします」

「遠慮するな。対価はそうだな、訓練およびその後のマッサージの時間をプラス一時間で手を打とう」

「だからいりませんってば」


 その後ダンスは延々と繰り返されて、結局ぼくたちを見つけたスズハが「ず、ずるいですっ! わたしだって兄さんとダンスしたいです!」と叫びながら飛びついてくるまで続くのだった。

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