第108話 領地がドン! さらに倍!
王都中が熱狂の渦に包まれた凱旋パレードの余韻。
それは、終わってからもまるで留まるということを知らず。
王都中を住民たちが浮かれ回って、貴族の馬車が通れないためパーティーの開始時間が遅れるとトーコさんから教えてもらった。
「なんでそんな凄いことに……?」
口から出たぼくの疑問に、トーコさんがはっきりと苦笑を浮かべて。
「そりゃ当然でしょ。ちょっと前まで王都はクーデターで大混乱、捏造された戦勝報告は全部が全部真っ赤な大ウソ。──そこに現れた救国の英雄であるところのキミは、ただの一人も住民を犠牲にすることなしに領地を奪い返したと思ったら、今度は百万人もの敵の大軍勢をたった一人で返り討ちにしたんだよ? まったく、これで熱狂しない理由が一体どこにあるって言うのさ?」
「そこだけ聞けばそうですけどね……? でもトーコさんが女王に就任したときだって、みんな大騒ぎだったじゃないですか」
「そうだったねー。でもボクは、あくまで囚われのお姫様だったから」
「そうでしたね」
「なら、囚われたお姫様の時より、
「……そーゆーもんですかね?」
「そーゆーもんなのよ」
トーコさん曰く、そーゆーもんらしかった。なら仕方ないか。
一方のスズハはといえば、パレードが終わってからずっと泣きじゃくっていた。
どうやらパレードの最中はなんとか我慢していたらしい。
「わた、わたしっ──! 兄さんの妹で、本当によかったって──!」
どうやら感激してしまったようだ。
落ち着かせようとして頭を撫でたら、スズハがぼくの胸に頭を埋めて抱きついてきた。
なんだか、子供時代に戻ったみたいだと思った。
****
お貴族様のパーティーというのはぼくの知る限り、挨拶の連続なのだ。
今日の凱旋パーティーもそうだった。
けれど大きく違ったのは、なんとぼくも壇上で挨拶させられたことである。
普通なら偉い人しか挨拶しないはずなのに。
マイクを持ったトーコさんが、いきなり無茶振りしやがったのだ。
ちなみにマイクとは魔法を使った音声増幅装置のことだ。
「ホラ、スズハ兄! 一言!」
「え、えっと……?」
「なんでもいいから、ホラ!」
なんでもいいと言われたぼくは、とりあえずトーコさんのことを褒めちぎっておいた。
貴族のパーティーなんて女王を讃えておけば無難だろうし、それにぼくの本音でもある。
トーコさんは突然ぼくに褒められまくられた羞恥で身悶えしていたけれど、不意打ちで挨拶させる方が悪いと思う。
なんとか挨拶を終えて壇上から降りると、サクラギ公爵に声を掛けられた。
公爵本人にはずいぶん会っていなかったけれど、公爵の娘であるユズリハさんにはもうお世話になりっぱなしである。
「お久しぶりです、公爵閣下」
「うむ。ユズリハは役に立っているか?」
「もちろんです。本当に、ユズリハさんにはどれほど助けられているか──」
そんな世間話を続けていると、ふとぼくはある異変に気づいた。
サクラギ公爵の後に、人が並んでいるのだ。
それも一人や二人じゃない。
やがてパーティーに参加している貴族のほとんど全員が、サクラギ公爵を先頭にして、一列に並びきったのだった。
「あ、あの、公爵様?」
「──ユズリハは我が娘ながら一途に育ったからな。裏切りは決して許さない……なんだ、どうした?」
「公爵様の後ろ、もの凄い列になってますよ?」
「そんなものはいい。放っておけ」
「でもこれ、みんな公爵様への挨拶待ちの人たちなんじゃ……?」
「んなわけあるか。こやつらは全員、お前に挨拶したい連中だ」
「ファッ!?」
「ただでさえ救国の英雄なうえに、今回は空前絶後のとんでもない戦果を上げたからな。もはやお前の王国貴族としての立場は揺るぎようもないが──そんなお前に、自分の顔も名前も覚えられていない連中が、少しでも親しくなろうと必死なのだ」
「じゃあこれって、ぼくが待たせてるんですか!? てことはぼく、公爵様と世間話してる場合じゃなかったんじゃ──!」
「いいからもう少し付き合え。むしろこれからが本番だ」
壇上を見ながら公爵が言うと、一度引っ込んでいたトーコさんが、ウエンタス女大公を連れて再び登場したところだった。
トーコさんとウエンタス女大公が二人で、今回の戦争の経緯を語る。
ウエンタス公国としては、停戦協定のもと戦争をするつもりなど一切無かったこと。
なのに反乱を起こしてローエングリン辺境伯に宣戦布告までしたキャランドゥー領は、もはやウエンタス公国とは一切の関係がないこと。
よってキャランドゥー領が戦争に負けたとしても、その後の処遇にウエンタス公国は、一切の口を挟まないこと。
いずれもぼくの知っている内容だった。
……ここまでは。
壇上のトーコさんと目が合った。
それはなぜか、大がかりなイタズラを仕掛けているような表情だった。
そしてトーコさんが、とんでもないことを言いだした。
「今後のキャランドゥー領についてどうするかなんだけど、よくよく考えたら今回って、ケンカを売られたのも、完璧に返り討ちにしたのもローエングリン辺境伯なんだよねえ。だから」
そこでトーコさんがにっと笑って、
「キャランドゥー侯爵領の領地や、その他纏めてまるっと全部、ローエングリン辺境伯の支配下とすることに決めたよ!」
「……はい?」
壇上のトーコさんがなにを言ってるのか分からない。
あっけにとられていると、サクラギ公爵がぼくの肩をぽんと叩いて。
「そういうわけだ。ローエングリン辺境伯領と違い、キャランドゥー領には天然の良港も大穀物地帯もある。英雄譚も真っ青の大出世だな」
「……えっと、公爵様? どうも何を言われたのかよく聞こえなかったんですが……なんか、ぼくがキャランドゥー領を引き継ぐ的な言葉が聞こえたような……?」
「ばっちり聞こえてるではないか。お前の認識に過不足はない」
「えええ!?」
「これでようやく本題に入れる。なに、お前は今の領地だけで手一杯だろうと思ってな、ワシの方から人材を貸そうと思うのだがどうだ? これでもワシは公爵家当主だからな、いろいろな人材が揃っているぞ?」
「えっとその、あの、」
「将来王子と結婚するべく王妃教育を終えた娘が二人、もちろんウエンタス公国事情や、領地経営にも精通しておる。その他にも貴族として領地経営を学んだ娘は何十人もいるし、お前さえよければその全員を集めて大面接会を開くもよい。それからお前の妹のスズハと年頃の近い腕の立つ騎士、それに……」
公爵が嬉々として自領内の優秀な人材を次々に挙げてくるけれど、状況が想定外すぎてぼくの頭にまるで入ってこなかった。
とりあえず、なんとか理解できたことが一つ。
──わけも分からないうちに貴族になったあの日から、たった数ヶ月。
どうやらぼくの領地は、倍以上に増えたみたいです──!
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ここまでが2巻分となります。
お読みくださいまして、ありがとうございました!
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