第107話 凱旋パレード
王城に着いてから、式典の詳しい予定をトーコさんから聞かされたぼくは、思わず顔をしかめてしまった。
「パーティーはともかくとしても、凱旋パレードまであるんですか……?」
「そっ。昼間は王都を馬車に乗ってパレードして、夜は貴族のパーティーだね」
「なんだか凄く見世物っぽいんですけど?」
「そりゃ凱旋パレードだもの。当然でしょ? まあスズハ兄は、そういう風に目立つのは好きじゃないタイプだけどさ」
分かっているなら無くしていただきたい。
王都の知り合いも見ているだろう観衆の中、貴族よろしく歯をきらんとさせて爽やかに手を振るなんてこっ恥ずかしいのだ。
アレだあれ。
ぼくのココロには、立派なチョビ髭が生えていないのだから。
ぼくがそう力説すると、トーコさんがなんだか可哀想な子を見る目になって。
「なによココロのチョビ髭って? ──まあいいけど。民衆にももう告知はしてあるし、いまさら予定は変えられないっての」
「ぎゃふん」
「それに馬車には、ボクも同じ馬車に乗るんだから。あんまり情けない顔しないでよ?」
「トーコさんも一緒に?」
「最初は別の馬車の予定だったけどさ、そっちの方が警備の都合がいいって近衛騎士団に言われちゃったから。それにスズハ兄と一緒なら、バッチリ護ってくれるだろうし」
「そりゃもちろん、できる限り護りますけども」
「そういうわけだからよろしくねー」
そう言うと、トーコさんはひらひら手を振って話を打ち切ってしまった。
まあぼくの愚痴にいつまでも付き合えるほど、トーコさんはヒマじゃない。
というわけでスズハに聞いた。
「ねえスズハもそれでいいの?」
「もちろんです。なんでもトーコさんが、お揃いのドレスを用意してくれるとのことで。今から凄く楽しみです!」
とっくに買収済みだった。
****
そしていよいよ、凱旋パレードの当日。
ぼくたちが乗るという馬車を一目見た瞬間、意識がちょびっと遠くなりかけた。
「白馬の三頭立てって一体……?」
「あ、あはは……言っておくけどボクが指示出ししたんじゃないよ?」
「それにスズハもトーコさんも、お揃いの白いドレス姿ですし。なんかもう、一体どこのロイヤルウエディングパレードかと突っ込みたいですよ」
「それが狙いかッッ!?」
トーコさんが真っ赤な顔で、馬車を準備したらしき騎士団長を睨んでいた。
なんだか向こうは、やたらいい顔でトーコさんに向けてサムズアップしてるんだけど、やっぱり恥ずかしいよね?
一方スズハは、意外にも馬車を見てテンションを上げていた。
「スズハはこういうの、恥ずかしくないの?」
「恥ずかしい気持ちが無いではありませんが、それよりも白馬の馬車に、素敵なドレスを着て兄さんと一緒に乗れることの方がよほど大きいと言いますか」
「そ、そうなんだ」
白馬の馬車とかドレスとか、やっぱり女の子としては嬉しいものなのだろうか。
とはいえ相手の男は兄なんだが……それでいいの?
ぼくが首を捻っていると、スズハが思いついたように手をぽんと打って。
「でしたら兄さんはパレードの間、わたしをお姫様抱っこし続けるのはどうでしょう? そうすればわたしの身体とおっぱいで、兄さんの顔が隠れますよ?」
「うーん……それもアリか……?」
「そんなのダメに決まってるよねえ!?」
トーコさんに即行で却下され、普通にぼくたちは並んで座ることになった。残念。
****
パレードが始まる前は、どうせ見物客なんて殆どいないと思っていた。
だって王子たちがやらかしまくった前の戦争と違って、なにしろ兵士が出陣していない。
市民生活への影響もほぼ無かっただろうし、戦争があった実感すら無いのではないかと思っていた。
──けれど、そんなぼくの予想は見事に外れて。
王城の門が開かれた時、馬車に乗ったぼくたちが見た光景は。
大通りの両側をぎっしりと埋め尽くす見物客たちが、遙か先まで続いていたのだ──
唖然とするぼくの横で、トーコさんが当然のように手を振ってみせた。
「ほら、スズハ兄も笑顔で手を振る。スズハもね」
「あ、は、はい……」
馬車が大通りを進んでいく。
ぼくたちが手を振ると、見物客たちが倍の身振りで手を振り返す。
集まった見物客たちは、みんな笑顔で。
やがて自然発生的に、みんなの声が一つになって、
「救国の英雄、万歳──!」
「トーコ女王、万歳──!」
「ローエングリン辺境伯、万歳──!」
やがて叫びがうねりとなって、王都の空に昇っていく瞬間を。
まるでお伽噺みたいだと思いながら、ぼくたちはいつまでも眺めているのだった。
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