11章 メイドの谷

第109話 お鮨の食べ放題は突然に

ここからは3巻分の内容となります。

よろしくお願いいたします。

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 目の前に、死屍累々の惨状が広がっていた。


 ローエングリン城の食堂に設置された、数十人が一度に食事のできる長テーブル。

 その片隅で。

 最後の炎が今まさに、燃え尽きようとしていた。


「……む、無念です……兄さんっ……!」


 ぱたり。

 スズハの頭がまるで糸の切れた人形みたいに、テーブルの上に崩れ落ちる。

 その右手にはウニ軍艦。

 左手には、タラバガニの脚が握られていた。


 ──そんな光景を、食堂の隅に設置されたちゃぶ台から眺める影が二つ。

 ぼくとトーコさんである。


「おおっ!? スズハ兄、とうとうスズハがダウンしちゃった?」

「みたいですね。ところでトーコさん、お茶のお代わりはどうですか?」

「ありがと。じゃあ一杯もらえる?」


 女王であるトーコさんの呑むお茶は、本来ならプロのメイドが入れるべきだろうけど、今はぼくで我慢してもらう。

 慣れない手つきで茶を淹れて渡すと、トーコさんが一口飲んで「ほう」と一息。


「平和だねえ……」


「平和ですねえ……」


 テーブルの上でスズハとユズリハさん、ついでにテーブルの下でつまみ食いをしていたカナデとうにゅ子が揃って討ち死にしている中で。

 ぼくとトーコさんが濃ゆい緑茶を飲んでいるのは、当然ながら理由があった。


 ****


 王都での戦勝パレードから一ヶ月。

 とうとうトーコさんが、かねてよりの『約束』を果たすことになった。

 ぼくが現在、辺境伯なんてものをさせられている元凶の対価。

 それは言うまでもなく、お鮨の食べ放題である。

 しかも。


「こっちの都合で、だいぶ遅れちゃったから。お鮨以外も用意して誠意を見せないと!」


 トーコさんがそう言って、一緒に持ってきてくれたのが──山のように積み上げられたカニだったのだ!

 高級カニといえば、泣く子も黙る食材の最高峰キングオブキングス

 燦然と煌めくばかりのお鮨とカニに、ぼくたちが黙っていられるはずもなく。


「兄さん……夢じゃないですよね……!(ごきゅり)」

「これは……公爵家でもここまでの食材は滅多に見ないぞ……!(ごきゅり)」

「これはメイドとして……どくみの必要がきわめて大……!(ごきゅり)」

「うにゅー……!(ごきゅり)」


 トーコさんの手前、名ばかりでも辺境伯として女王様を接待しなくちゃいけないぼくを尻目に、四人は生唾を呑み込みながら血走った目を食材に向けていた。

 それからどうなったかは、語るまでもないだろう──


 ****


「うわ、あっちの食材もきっちりゼロになったって。どうやっても絶対に食べきれない量持ってきたのに、まさか全部食べちゃうとはねー」

「いやホントすみません。食材にかかったお金も凄かったでしょう?」

「ううん。そんなのは、王家の予算と比べればなんてことないから気にしなくていいよ。うん、食材費はね……」

「そうなんですか」


 今回、トーコさんは最高級の食材と職人を揃えたうえ、王家秘蔵の魔道具で辺境にあるこの城まで全部まとめて転移したのだという。

 そんな魔道具があるのかと驚いたけれど、なんでも使う条件が酷く厳しいのだとか。

 さもありなん。

 具体的な条件は知らないけれど、そんなのがもしポンポン使えたら、流通だの戦争だのの概念が根底からひっくり返る。


「スズハ兄も、お鮨とカニ、喜んでくれたかな?」

「あ、はい。……もちろんです」


 そう答えるぼくの表情はちょっぴり固い。だってねえ。

 ぼくだってスズハやユズリハさんみたく、時間無制限耐久超高級食材暴れ食いレースに参加して、全てを忘れて思い切り食べまくりたかったわけで。


 けれど女王であるトーコさんがいる手前、そうするわけにもいかず。

 結果的にぼくは、お鮨とカニを合計三十人前ずつ程度しか食べられていない。

 スズハやユズリハさんが最低でも百人前以上食べたのと比べると雲泥の差だ。

 悲しいけれど、これが貴族の義務ノブレス・オブリージユというやつなのだろう。多分。


 ──そう考えると、やっぱり平民の方がいいよなあ。

 なんてことを思っていると。


「ところでスズハ兄に、一つ相談があるんだけどさ」

「なんでしょう?」


 トーコさんは忙しい身なのだから、わざわざ辺境まで訪ねてくるのは何か理由があると予想していた。

 食料を届けるだけなら、忙しいトーコさんが来る必要がないもんね。


「うにゅ子とオリハルコンのことなんだけど」

「はい」

「ボクの方でも調べてるんだけど、なかなか難航しててね」


 それから、トーコさんがした話によると。

 オリハルコンに関しても、うにゅ子──つまり彷徨える白髪吸血鬼に関しても、近世の文献にはまともな記述がなく、古代の文献や伝承を片っ端から調べている最中だという。

 なにしろ片方は幻とすら謳われている金属で、もう片方は見た者を皆殺しにする悪魔だ。

 まともな情報が無くても仕方ないところ。


 もちろん国内だけでは限界があるので、国外にも情報収集を手を伸ばしているという。

 そこで問題が発生したのだという。


「ウエンタス公国とか友好的な国はいいんだけどさ、なかにはウチと国交の無い国だってあるわけよ」

「はあ」

「しかもそういう閉鎖的な国ほど、昔の情報って残ってたりするのよね」

「なるほど」

「そういう場所にヘタに押しかけると、逆に脅されたり人質になったりする恐れもあるし。かといって大軍を派遣するわけにもいかないし。その点スズハ兄だったら安心でしょ? スズハ兄ならそんな風に、ボクたちとは違う視点で調べられるかなって」

「そういうことですか」


 確かにぼくなら、元が平民だから人質にして大儲けとはいかないだろう。

 それにいざとなれば、庶民に混じって逃げるのも得意だ。

 だってぼくは、根っからの庶民だしね。ふふふ。


「……スズハ兄が何を考えてるのかは知らないけど、それ絶対違うからね」

「なんでですか!?」


 理由を聞いたら、そのドヤ顔が全てを物語っていると言われた。くそう。

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