第232話 カッコイイ決闘といえば満月の晩にやるものと相場が決まってる

 深夜、寝室の窓を開けて外に出る。


 屋根伝いに飛び移りながら新王城の尖塔に目をやると、その頂上には満月に照らされた女騎士見習いが二人。

 妹のスズハと、東の異大陸から来た少女ツバキである。

 三十メートルほどを一息にジャンプすること複数回、二人のいる頂上まで辿り着くと、スズハが嬉しそうな顔で言った。


「すみません兄さん。こんな夜遅くに」

「それはいいんだけど」


 夕食にみんなで手巻き寿司をたらふく食べた後、メイドのカナデやエルフのうにゅ子が腹丸出しで撃沈する横で、スズハからこっそり呼び出されたのだった。

 なのでぼくは、何事かと思っていたけれど。


「兄さんは最近、ずっとトーコさんと一緒じゃないですか」

「そうだねえ」


 なにしろトーコさんの元には、大陸中からお祝いの使者がやってくる。

 そしてなぜか、ぼくの都合が付く限り全ての謁見に付き合わされているのだから。

 ぼくが頷くと、スズハが我が意を得たとばかりに意気込んで、


「──なので最近、兄さんと全然一緒に訓練できていません! ゆゆしき事態です!」

「そんなことないと思うけど?」


 ぼくは騎士でも教官でもないんだし、一緒に訓練する必要はないと思うけど。


「というわけでこれから、兄さんとの訓練を希望します!」

「まあいいけどね……」


 ぼくとしても、スズハが一緒に訓練したいならばべつに構わない。

 それはそれとして、どうしてツバキも一緒なんだろう?

 ぼくが目線で問うと、スズハがなぜか残念そうな顔をして。


「本当はわたし一人のつもりだったんですが、ツバキさんにばれてしまいまして……」

「なにそれ?」


 さっぱり意味が分からない。

 首を傾げるぼくに、ツバキが最近ますます膨らみを増した胸元を張りつつ説明する。


「それはスズハが拙に、東の大陸で大流行しているカッコイイ戦闘のシチュエーションを聞いてきたからなのだ」

「ほう」

「なので拙は教えたのだ」

「なんて教えたのさ」

「──満月をバックに、城の屋根とか尖塔とかをぴゅんぴゅん飛び回りながらの戦闘──それが最強にクールで超おもしろカッコイイ戦闘シチュなのだ!」

「それってツバキの感想だよね?」

「そんなことないのだ。拙の故郷では、カッコイイ決闘といえば満月の晩にやるものと相場が決まってるのだ」

「そうなんだ……?」


 いやまあぼくも、ちょっとはカッコイイと思ったけども。


「それでスズハは?」

「さすがツバキさんは教養が深いと感銘を受けまして」

「受けたんだ!?」

「それで兄さんとの訓練に使おうと詳細を根掘り葉掘り聞いたんですよ。そしたら──」

「スズハがお主とカッコイイ訓練をすると言ったので、なんか面白そうだから拙も一緒についてきたのだ」

「ていうか、そんなことしたら怒られるでしょ? 王城の屋根も傷むし」


 普通に考えて、建物の屋根は騎士が暴れ回ってもいいように出来てはいない。

 しかし。


「その点は抜かりありません、兄さん」

「どういうこと?」


 なぜかドヤ顔でそう宣言するスズハに話を聞くと。


「噂によると、旧王都の王城跡で幽霊騒ぎが起きているとか」

「ふんふん」

「アンデッド系のモンスターが出るという話以外にも、夜になると王城の跡地から亡霊の悲鳴らしきものも聞こえきて、住民が怯えているとか」

「そりゃ大変だねえ」

「──なので、わたしたちの訓練で何かあっても、全部幽霊のせいにすればいいかと!」

「そもそもやっちゃダメって言ってるんだけど!?」


 ****


 その後、ツバキが「隙ありなのだ!」とか叫びながら殴りかかってきたので、そのままなし崩しに実戦訓練が始まってしまい。

 仕方ないので、王城の屋根を傷めないよう気をつけながら相手をした。

 屋根の心配をしていたせいで、いつにも増して二人をボコボコにした気もするけれど、恐らく気のせいだろう。多分。

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