第64話 兄さんと一緒にいることが、公爵家にとって一番いいという判断ですか

「いや、どうも話がうますぎるとは思ってたんだ」


 王都を出て数日。

 険しい山道を歩きながら、ぼくはスズハに声を掛ける。


「ぼくが貴族だなんてヘンだと思ってたけど、この前の戦争で領土を全部奪われた辺境伯ならまだ納得だよ。結局それってなんの利益もないもの」

「ですが兄さん、ローエングリン辺境伯家はこの国でも有数の名門貴族だったようですよ? もっとも特権階級意識がバリバリの鼻持ちならない連中だった上に暗愚だったため、ユズリハさんに一族まとめてプチッと粛清つぶされたようですが」

「それって名門なんだか名門じゃないんだか分からないね。──ところでスズハ、様子はどう?」

「順調です、兄さん」


 スズハは今、ぼくに肩車される形で周囲を見張っている。

 こんな山奥は魔物もいるし山賊だっているかもしれない。

 普段ならぼくが警戒するところだけど、スズハが「一人前の女騎士になる訓練を兼ねて、自分が見張りをしたい」というので、この道中はずっとスズハが見張りをしていた。肩車で。


「ところでスズハ。ずっと気になってたんだけど、肩車されたまま見張りするのってキツくない? 降りればいいんじゃないかな?」

「いいえ、そんなことはありません。見張りは少しでも高いところから見るほうが有利ですから」

「まあそりゃ理屈だけど」

「もちろん兄さん以外の男性に、肩車をさせるなんてことはあり得ませんのでご安心を」

「そこは聞いてないけどね」


 なにが安心かはともかく、スズハがどこかの男の後頭部に鼠蹊部そけいぶを密着させたり、男の首筋にスズハのミニスカートが襟巻きみたいに広がったり、頭上がスズハの巨乳を置く場所になったりしないのは、兄としてちょっぴりホッとしたりする。ぼくは兄だからいいけどさ。

 それにスズハはまだ見張りに慣れていないので、あれこれと身動きするたびにいろんなところが擦れて揺れ動くのだ。

 これが妹じゃなかったら大変だったよ。


 そんなスズハのスカートを、くいくい引っ張って合図をするのはユズリハさん。


「──なあスズハくん、そろそろわたしと交代しないか?」

「嫌です。ていうかユズリハさん、なんで兄さんに付いてきたんですか。これから行くのは兄さんの領地であって、公爵家とは無関係のはずですが?」

「それは当然、わたしはスズハくんの兄上の相棒だからな。家のことより相棒の背中を護るほうが大事だろう」

「とても大貴族の言葉とは思えませんが?」

「父様はこころよく送り出してくれたぞ? まあスズハくんの兄上が、今や我が国一番の大注目株でなければ、そう簡単にいくはずもなかったろうがな」

「……兄さんと一緒にいることが、公爵家にとって一番いいという判断ですか……くっ。名を捨てて実を取るとは、まさにこのこと……まったく大貴族という人種は、つくづく抜け目がありませんね……」


 よく分からないけど、ユズリハさんがなぜかぼくと一緒に来たのか、スズハは納得したようだ。

 ぼくもそれ疑問だったんだよね。

 ユズリハさんに聞いたらしょんぼりした顔で「わたしはキミと一緒に行きたいのだが、ダメだろうか……?」なんて言われてしまったので、それ以上は聞けなかったのだけれど。


「なあ、キミからも言ってやってくれ。わたしに肩車を変わるべきだと」

「絶対にダメです」

「なんでだッッッッッッ!?」


 なんでも何もああた。

 いまぼくの首筋に纏わりついているムチムチっとした太ももの感触や、頭上でゴム鞠のように跳ねる二つの特大メロンや、何より漂ってくる女の子特有の柑橘系の匂いがもしユズリハさんのものだったら、ぼくが我慢するのがもう大変だからですよ。

 どうオブラートに包んで説明しようかと思っていると──


「あ。ストップです、ユズリハさん」

「どうしたキミ?」

「罠ですね」

「……どこにだ?」


 地面の色が微妙に違う部分をぼくが示すと、ユズリハさんは何度も目をこらして、ようやくなるほどと手を打った。


「よく見つけられたな。こんなのキミ以外じゃ絶対分からないぞ?」

「ぼくだって地面の色だけじゃ分かりませんよ。魔力の流れが不自然だったので見つけられましたけど」

「そんな見分け方ができるのはキミだけだと思うが……?」


 慎重に掘り起こしてみると、そこには巧妙にカムフラージュされた設置型の魔方陣が。


「……猟師が仕掛けたものでしょうか?」

「ここら一帯は、この前の戦争で戦場になったところだ。もっとも王子どもが率いる我が国の軍隊がケチョンケチョンにやっつけられて、勝負にならなかったと聞いているが……その時に仕掛けた魔方陣が残っているのかもしれない」

「では処理しますか」

「うむ。それがいいだろう」


 猟師の仕掛けた罠という可能性もあるけど、普通の猟師は魔法の罠なんて使わないとはユズリハさんの弁。

 ならば処分すべきだろう。

 念のためじゅうぶん離れたところから、石を拾って罠に投げて起動させる。


「えいっ」


 ちゅどおおおおおおおんっっっっっっっっ!!!!


 想像していた百倍くらい大きな爆発が起きた。

 あまりの爆発の凄さに、スズハもユズリハさんも爆風でスカートが捲れるのも構わず、その場で固まっていた。

 煙が晴れると地面には直径10メートルほどのクレーターが出来ていた。


「……え、えっと。兄さん……?」

「……間違いなく、猟師の罠じゃなかったね……」

「……当たり前だ。あんな罠に引っかかったら、どんな獣でも肉片も残らず消し飛ぶだろう。それはともかく……」


 なぜか背中から、ぎゅっとユズリハさんに抱きしめられた。

 ユズリハさんの豊満すぎる胸元が潰れて、ぼくの背中全体に感触が広がる。


「また今日も、わたしはキミに命を助けて貰ったようだな……ふふふっ」


 それは違うといいたい。

 だってぼくがいなければ、そもそもユズリハさんはこんな場所にいないのだから。


 もっともそれを指摘しようものなら、ユズリハさんに「キミは本当に雰囲気を読まない男だ! そういうところだぞ!」とか半泣きで怒られる未来が見えたので、黙っておくけれど。

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