第137話 これでサクラギ公爵家最後の砦も陥落かあ(トーコ視点)

 サクラギ公爵領の象徴でもある本邸には、王家との太い繋がりを誇示するかのように、王族専用客室なる部屋が用意されている。

 およそ八百年前に増築されたという専用客室は、国王を迎え入れるために贅を尽くして磨き上げられた、まさに公爵邸の真髄とも言うべき部屋。

 歴代国王には華美な装飾を好む人物が少なかったため見た目こそ落ち着いているが、隅々にまで配慮され尽くした優美なしつらえはどこを取っても国宝級である。


 そしてその王族専用客室に、女王たるトーコは当然宿泊して──いなかった。

 そうなった理由は極めて単純。

 家宰のセバスチャンが、やりやがったからである。


「──まったくもう。あの家宰ってばさ、ボクに対する敬意ってのが一つも見られないと思うわけ! ボク女王なのに!」


 公爵本邸で二番目に格の高い、つまりは王族以外が使える一番格上の客室で、トーコがぷりぷりと怒ってみせる。

 話し相手のユズリハとしては苦笑するしかない。


「まあセバスチャンだからな」

「この部屋だってさ! 王族用の客室に間違ってスズハ兄たちを泊めちゃったからボクはこっちの部屋でなんて、そんなことあるわけないじゃん! あの冷酷有能鬼畜執事が! そんな間違いするくらい無能だったら、あいつ百回くらい不敬罪で死んでるっての!」


 邪蛇の退治から帰った後、スズハの兄たちが泊まる客室が変更になった。

 通された客室が素人目にも段違いに格上だったため、スズハの兄は何度も聞き返したが、自ら案内をした家宰が有無を言わさず押し通したという。

 それの意味するところは一つ。


 ──サクラギ公爵家の家宰として、スズハの兄を『格上』だと認めたということ。


「まあトーコも、部屋割り自体に怒っているわけではないのだろう?」


 ユズリハが聞くと、トーコが素直に頷いて。


「それは当然。──サクラギ公爵家最上の客室は、サクラギ公爵家当主の部屋より格上の、時間も費用もなにもかも完全に度外視したまさに真髄。だからその客室を使用できるのは公爵家当主よりも格上の人物でなくてはならない──って聞いてるからね」

「その通りだ」


 普通に考えて、公爵家より格上となれば王家しかない。

 だから王家専用と勘違いされる。

 だが実際は、サクラギ公爵家当主より格上だと判断されれば、王でなくても構わないのだ。

 ──それは例えば、領地の伝説である邪蛇を倒した辺境伯とか。


「いくらボクが現役女王でスタイル抜群の天才美少女魔導師でも、スズハ兄より格上とか甘すぎる夢なんか見てないしね。それにボクとしては、スズハ兄がボクの命もボクの国も救ってくれたわけだし、最上級の部屋なんて喜んで明け渡すよ」

「ならいいじゃないか」

「そりゃそうだけどっ! 雑にしれっと流さないで、ちゃんと説明しろって言うのよ! 適当なてへぺろで流すなっての!」


 トーコはそう言うが、現実には難しいというより無茶難題である。

 なぜならそれを説明することは、つまり『今の女王よりもスズハの兄の方が格上』だとサクラギ公爵家が認めていることに他ならないのだから。

 王家に正面からケンカを売るような説明はさすがにできない以上、手違いのフリをして誤魔化すしかないわけで。


 そんなことは二人とも分かっているのだが、だからといって雑すぎる家宰のあしらいに「もうちょっと申し訳なさそうにしなさいよ!」ともの申したいトーコなのだった。

 それにしても、とトーコは思う。


「これでサクラギ公爵家最後の砦も陥落かあ。スズハ兄って、実質公爵家を征服したも同然じゃない?」

「あいつは我が家で一番の慎重派だからな。それに父上も大規模な投資をセバスチャンに止められて助かったことが何度もあるから、頭が上がらない部分がある」

「まあ、そんな相手すら感服させちゃったスズハ兄、マジスズハ兄って感じよね……」


 トーコは思う。

 スズハの兄が無自覚チートを発揮するにしても、もう少し自重してもらえないものか。

 そうでもないと、今回のサクラギ公爵家の家宰のように。

 スズハの兄の信奉者を無自覚に、わんさかと生み出してしまうのだから──

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