第235話 ごえいのしんずい
そんな話があった翌日には、もう旧王都へ向けて出発する準備が整えられた。
なんでもユズリハさん、サクラギ公爵領へ行くつもりで旅支度をしていたらしい。
旧王都へ向かうメンバーはぼくとユズリハさんの他には、妹のスズハと異大陸から来たツバキ、メイドのカナデとハイエルフのうにゅ子。
なぜかユズリハさんが「二人きりじゃないのか……?」なんて愕然としていたけれど、公爵令嬢と二人きりなんて絶対ダメでしょ。
****
まあそれはともかく。
遷都された後でも、旧王都は国内有数の都市であることは変わらない。
なにしろ長年、国家の政治と経済の中心だったのだから。
なのでサクラギ公爵家も、旧王都の別宅はそのまま残している。
今回ユズリハさんが、公爵家でその別宅へと向かう馬車があるから乗っていかないかと言ってくれて、一も二もなく提案に乗った。
なにしろ公爵家の馬車は快適なのだ。
ふかふかのクッションも備わってるし、なにしろサスペンションが違う。
「──いや、本当にありがたいですよ」
居心地の良すぎる馬車の中で、ぼくはユズリハさんに改めて頭を下げた。
「普通の馬車と違って全然揺れないですから快適すぎて」
「そふぇに、おはしもあいまふし!」
「……スズハ、お菓子をリスみたいに頬張りながら喋るのはやめようね?」
「ふぁい」
馬車に乗せてもらいながらお菓子まで食べまくるのはさすがにどうかと思ったけれど、ユズリハさんは苦笑しながら手を振って、
「気にしないでくれ。サクラギ家にとっても、今回の同行は大変助かったしな」
「そうなんですか?」
「旧王都にオリハルコンを届ける必要があったんだが、護衛をどうするかがネックでな。なにしろ絶対に盗まれる訳にはいかない」
「そうですね」
「どうしようか悩んでいたとき、王都行きの話が出たからこれ幸いと同行願ったわけさ。キミさえいればこれ以上なく安心安全だからな」
「なるほど……?」
ぼくがいれば、という部分はともかく。
ユズリハさんに加えてハイエルフのうにゅ子もいる以上、ある意味最強の布陣ではある。
しかしそうなると、ちょっと困ったことがあって。
……実はぼく、護衛のやり方ってよく知らないんだよねえ。
「あの、ユズリハさん」
「なんだ?」
「ぼくも護衛について、勉強しておいた方が良いでしょうか?」
女騎士として、護衛のやり方はもちろん基本中の基本だろう。
なのでユズリハさんは当然、女騎士学園生徒のスズハやツバキも問題ない。
けれどぼくは、系統立てた戦闘というものを学んではいない。
スズハやユズリハさんの訓練に付き合っていたとしても、それはあくまで独学の範囲。いわば素人だ。
「普通の戦闘と違って、護衛の場合はただ戦闘に勝てばいいわけでもないですし」
「ふむ、一理ある……だがどうやって……」
ユズリハさんは顎に手を当てて考え込んでいると、不意に馬車の床板がぱかっと開いてメイド服姿のカナデが姿を現した。
「まーかせて」
「いきなりどこから出てきたのさ!?」
「はなしはみんな聞かせてもらった。──メイドとして、ご主人さまのごえいと聞いたらだまってられない」
「いや、だからどこから出たのかと」
「そんなのはささいなこと。そういうことなら、ここにいる超いちりゅうメイドカナデがご主人様にごえいのしんずいを教えまくる。それはもう手とり足とり腰ふり」
「手と足はともかく、腰ってなに?」
「……きにしなくていい」
カナデがふいっと目を逸らしたのが怪しいけど、それはともかく。
たしかに、メイドの中には護衛を兼ねる者もいる。護衛メイドってやつだ。
日頃のカナデの動きを見ても、そういう訓練も受けているのだろう。
「そうだね。それなら、ユズリハさんの手を煩わせるまでもないし」
「いやいや。スズハくんの兄上はわたしに相談したのだから、わたし自ら対応しなければ不誠実というものだろう」
「そんなことはないと思いますが……?」
「キミは少し黙っててくれ。──というわけで、スズハくんの兄上はこのサクラギ公爵家直系長姫であるわたしが、旧王都に着くまでの間に護衛の全てを伝授しようじゃないか。幸いわたしは幼い頃から公爵令嬢として護衛されていたからな、年期が違う」
「そんなことない。メイド道こそごえいのしんずい」
さすがにそれは違うと思うけど。
このままだと不毛な話し合いが続きそうなので、スズハに話を振ってみる。
「ねえ、スズハはどう思う?」
するとスズハが目をぱちくりさせて、
「──護衛力ですか? そんなの兄さんが世界一に決まってるじゃないですか」
「え?」
いやだから、ぼくは護衛について分かってないって話なんだけど。
「いいですか兄さん。護衛とは要するに、戦闘しない人間を護りつつ戦闘することです」
「それは分かるよ」
「そして敵が強ければ強いほど、護衛することは困難になります。護衛をしている余裕が無くなりますから」
「そりゃそうだろうね」
「だから、兄さんが世界一です」
「だからどゆこと?」
首を傾げると、スズハがまだ分からないのかと言いたげな顔で。
「──兄さんは、あの彷徨える白髪吸血鬼と戦いながら、わたしを護ってくれたんです。それも何度も」
あっ、という小さな声が聞こえた。
それはユズリハさんが漏らした声か、それともカナデか。
「世界のどこを探してもあの最悪の悪魔と戦いながら、他人も護れる人間がいるとは到底思えません。そんなことができるのは兄さんだけです」
「ううっ……」
「ですから、わたしが兄さんに護衛について教えられることなんて一切ありませんので。そこの二人がどんなことを教えるつもりか知りませんが……」
「そ、それは……」
「ですからユズリハさん、わたしは逆に提案します」
スズハがコホンと咳払いして、
「旧王都に着くまでの間、わたしたちは兄さんから護衛の真髄をじっくり学ぶべきです。
それはもう手取り足取り腰取り」
「「それだ!!」」
****
……そんなこんなで。
ぼくが護衛を教わるはずが逆転して、王都に着くまでの間、なぜかぼくが護衛についてみんなに教えるハメになり。
座学なんて教えられるはずもなく、実戦訓練と称して模擬戦闘ばかりして誤魔化した。
なぜかみんなには大好評だった。
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