第69話 針と見せかけてフェイントのジャンピングニー

 翌朝の朝食後。

 みんなと一緒に部屋に戻ったぼくは、一晩かけて練った作戦を披露した。


「──なに? 各都市にいる司令官の寝室を襲って拉致する、だと?」

「どういうことですか、兄さん」


 二人が不思議そうな顔をするのも当然なので、順を追って説明する。


「カナデと話してて偶然分かったんだけど、カナデはどんな屋敷の天井裏でも情報を持ってこれるって。だからそれを活用しようと思うんだ」

「ですが兄さん、一介のメイドになぜそんな特技が……?」

「そんなものトップクラスの暗殺ギルド、しかもそこのエースでもなければ、手に入れようがない情報だと思うのだが……?」


 スズハはもちろん、ユズリハさんまでが難しい顔で首を捻っている。

 それくらいウチのメイドは優秀ということなのだろう。

 なにしろ、公爵家の優秀なメイドを知り尽くしているユズリハさんですら半信半疑なのだから。


「……まあ、その話が本当だとしたら、キミの言う作戦は可能だろうな」

「ですね。普通なら天井裏の情報があっても侵入など不可能でしょうが、兄さんなら……」

「なにしろキミは王城に下水から忍び込んで、囚われの王女を助けた男だからな。それに比べればたかが一都市の司令官を拉致する程度、楽勝もいいところだ」

「ですね。兄さんなら万が一見つかっても、目撃者全員殴り殺せば済むことですし」

「そんなことしないよ!?」


 二人の反応の仕方はちょっと引っかかるけど、作戦自体には同意してくれたみたいだ。


「じゃあそれで──」

「……ご主人様」

「どうしたの?」

「カナデ、がんばって情報をしいれてくる。だからとくべつ報酬がほしい」


 まあカナデがそういうのも当然だろう。

 今回の件はどう考えても、普通のメイドの業務内容を大きく超えている。

 それに占領された都市の情報を持ってきてくれたこともあるし。


「いいよ。なにが欲しいの?」

「……ご主人様と本気で戦いたい。てかげんぬきで。こころゆくまで」


 そんなカナデの願いを聞いた瞬間。


「ほう──(チャキッ)」

「へえ──(ボキボキッ)」


 ユズリハさんが殺気を揺らめかせながら剣を鳴らし、スズハは獰猛な笑みを浮かべつつ指の骨を鳴らした。

 二人とも年下のメイド相手になにやってるのさ。


「ちょっと待って、二人ともステイ。ていうかカナデもそんなのでいいの? ぼくはちゃんとした兵士でもない素人だけど?」

「新しいご主人様は、とてもおもしろい冗談をいう」

「いや冗談じゃなくて……まあカナデがそれでいいならいいけど」


 ぼくも素人だけど、カナデもメイドだ。

 最初あったときは足さばきが暗殺者っぽくて驚いたけど、武芸は素人。ならばちょうどいいか。

 ぼくがそう納得する横で、スズハとユズリハさんがぼそぼそと囁き合っていた。


「……兄さんの纏う絶対強者のオーラを感じ取るとは、このメイド、ただ者ではありません……!」

「……だがスズハくんの兄上に戦いを挑むのは悪手だろう。一方的にボコられてっプライドが粉砕されるまでボロボロにされて、自分がただのか弱いコムスメなのだということを魂に叩き込まれるだけだぞ? なにしろアマゾネスの頂点ですらそうだったのだからな……!」

「……そういえばユズリハさんも最初、兄さんに戦いを挑んでましたよね……?」

「……そ、それは仕方ないだろう! あんなに戦いがいのありそうな男を見つけて、黙っていられるものか! そして、あんなに強いなんて想像できるか……!」

「……兄さんって態度がまるで強そうじゃないから、初見だとどうしても戦闘力を過小評価しちゃうんですよね。それでみんなボコボコにされるっていう……」


 何を言ってるのかは聞こえなかったけど、二人の態度からなんとなく、ぼくの悪口を言ってるのは分かった。


 ****


 その後、街を出た平原で日が暮れるまでカナデと思う存分戦った。

 カナデはメイドとは思えないほど強かった。

 ちょっと前までのスズハやユズリハさん相手だったら、ひょっとして勝てるんじゃないかってくらい。


「……このっ……このっ……!」

「ていうか、メイドさんが主人と戦ったあとに忠誠を誓うみたいなのも、なんか戦いの後に友情がみたいなのと一緒でいいかもねー、なんて思ったりして?」

「なんで……当たらない……くっ……!」

「ていうかカナデの針、毒塗ってあるじゃん。当たったら死ぬでしょ」


 カナデの一番ヤバい攻撃は、すごく視認しにくい細い針。

 それをもの凄いスピードで、的確に急所に向けて投げてくる。

 それを避けながら、どこかで覚えがあるなあと思いだしたのが、前にパーティーでユズリハさんが暗殺者に狙われた時のこと。あの時の針も、これくらい細くて鋭くてヤバかった。

 もっともそうすると、暗殺者くらい鋭い必殺攻撃をしてくるカナデは凄いメイドだって話なんだけど。


 ふと見ると。

 スズハとユズリハさんは草原に座って野点のだてスタイルでお茶を飲みながら、ぼくたちの戦いを観戦していたりする。


「──とすると解説のユズリハさん。あれは基本的に、暗殺者スタイルということなのでしょうか……?」

「そういうことだな。メイドが護身や暗殺術を身につけているというのは、稀にある話だ。もっとも、あそこまで戦闘力の高いメイドなど訊いたことはないが……」

「ああっと。メイドのカナデ、針と見せかけてフェイントのジャンピングニーですっ!」

「そして回し蹴りのコンボ……並の騎士程度なら、今の攻撃で二回即死だな。ジャンピングニーで胸に穴が開き、回し蹴りで頭が吹き飛ぶ」

「しかし兄さんにはまるで効きません! 無防備のまま受けきって余裕の笑顔ですっっ!」

「あれ、本気でココロが折れるんだよな……こっちの全力の攻撃が、虫にでも刺されたかのような感じでノーダメージだと……あああああああああ」

「ユズリハさん? 解説中にヘコむのはナシですよ?」


 ……なんか楽しそうなので放っておこうと思った。

 そしてぼくとカナデの戦いは、日が暮れるまでやって満足したらしいカナデが目をキラキラさせて、


「まちがいない──カナデのほんとうのご主人様。とうとう見つけた」


 とかなんとか言いながら、まるでネコみたいにすり寄ってきたので、きっと満足したのだろう。

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