第100話 兄さんはあまりに次元が違うレベルで強すぎるので
宣戦布告されたと報告受けたその時、ぼくらはちょうど昼食中だった。
当然ながら、その後の会議は大いに紛糾した。
みんなでちゃぶ台に座って
「まったく、その命知らずのバカどもは何を考えているのだ──キミ、おかわり!」
「はい」
ずるっ、ずるるるるっ。
「兄さんが以前言っていた通りになりましたね。すると戦争を仕掛けた動機は──兄さん、わたしもおかわりお願いします」
「はいはい」
ずぞー、ずぞぞー。
「いや、動機はとりあえず後回しだ。まずは我々がいかに叩き潰すかで──おかわり! あと、かき揚げも付けてくれると大変嬉しいのだが」
「最後の一個が残ってましたよ。どうぞ」
ずるるるるー、ごっくん。
「ああっ……仕方ありません、ではわたしは──」
「ちょっとは真面目にやってください!?」
アヤノさんに怒られてしまった。まあそうなるよね。
その後、アヤノさんに睨まれながら大急ぎで蕎麦を食べ終わって、きっちり蕎麦湯まで呑んだところで会議が再開される。
ちゃぶ台を囲んだままなのは許してもらおう。
「さて、状況を整理します。お隣の国から宣戦布告されたわけだけど──」
「まったく。本当にキミの言ったとおりになるとはな」
「ぼくもちょっとびっくりしました。まあウエンタス公国そのものがというより隣接するキャランドゥー侯爵領が反乱したみたいですけどね」
ぼくの考えでは今回、ウエンタス公国としては知らぬ存ぜぬを通すと思っている。
あくまで、反乱を起こした一部領主の暴走だから関係ありません、というヤツだ。
恐らく本当に、彼らにとっても寝耳に水なのだろう。
なにしろ各国賓客の前で調印した停戦協定を即座に破るデメリットが大きすぎる。
「しかしキャランドゥー侯爵領は、ウエンタス公国で三本の指に入る大領地ですからね。彼らが勝ったらウエンタス公国も知らんぷりはできないでしょう」
「するとどうなるんだ、キミ?」
「ぼくたちが戦争に負ければなし崩しに再度戦争状態で、ぼくたちが勝てば反乱軍として見捨てるって感じじゃないかと。ユズリハさんはどう思います?」
「うむ……妥当だとは思うんだがな……」
ユズリハさんはなんだか得心がいかないというように、
「理屈としては、スズハくんの兄上の言うとおりだとは分かるのだが、どうにもわたしの感情が追いつかなくてな……」
「えっと、それはどういう」
「だって、スズハくんの兄上と戦争するんだぞ……?」
「……はい?」
「どこをどう考えれば、ローエングリン辺境伯領と戦争をして勝てるなどと思えるのか、そのあたりが全くもって謎すぎだ……だってキミが敵に回るんだぞ……? いくらなんでも怖すぎるだろ。なあ、スズハくんもそうは思わないか?」
「そんなの簡単ですよ、ユズリハさん」
「どういうことだ?」
「兄さんはあまりに次元が違うレベルで強すぎるので、どれほど途方もなく強すぎるのか、へなちょこどもには分からんのですよ」
「なるほど……言われてみればそうかもな。すると、わたしが強いなどと言われるのは、そう認識できるだけの隙があるからか。もっと精進が必要だな……」
ユズリハさんが妙な方向に納得したところで、横からアヤノさんが補足する。
「キャランドゥー領の領主は前回の戦争で五十万もの兵力を供出したうえ兵糧も受け持ち、戦力の大半を担っていました。そしてその兵力ですが、戦争の前半では連戦に次ぐ連勝で、最後は司令官だけが狙い撃ちされた結果、ほとんど無傷で残っています」
「むっ……兄さんの温情を仇で返すとは、許せませんね……!」
「スズハくんの言うとおりだ。その上で、それほどの離れ業をやってのけたスズハくんの兄上に再び刃向かうとは、レベルが低すぎるとしか言いようがないな……」
「普通に考えたならば、閣下のやり遂げた司令官全員拉致作戦などは実現不可能ですから。おおかた閣下がウエンタス大公配下の裏切り者と通じ、あのような演出をしたのだとでも思っているのでしょう」
「なるほど……」
「しかし、ミスリル鉱山のことを知っていることを加味しても、反乱してまでの挙兵は無理があります。やはりキャランドゥー領は、ミスリルの横流しに関与して長年に渡って荒稼ぎしていたと考えるべきでしょうね」
「そうだろうな」
なんかみんなの間で平然と話が進んでいくんだけど。
ぼくとしては、すごく気になってることが一つ。
「あの……ウチの領地って、兵力が全然いないんだけどね?」
すごくまっとうなことを言ったつもりだったのだけれど。
「なにを言ってるんだキミ? たとえ敵兵が百万集まったところで、オーガの大樹海よりよほど楽に決まっているだろう」
「明らかに兄さんの敵ではありませんね。もちろんわたしもお供しますが」
「いや、いっそのことスズハくんの兄上一人で殲滅してもらった方がいいだろう。二度とこのようなバカが出ないためにもな」
「そうですね……兄さんに手出しをしたらどうなるかを、これ以上なく分かりやすい形で大陸全土に轟かせるべきでしょう」
というわけで、スズハとユズリハさんで話がまとまった結果。
ぼくはたった一人で、キャランドゥー領全軍と戦うことになったのだった。
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