第47話 王位くらいあげるよ?(公爵視点)

 いくら書斎が防音になっているとはいえ、トーコの訪問は極秘事項である。

 ただでさえ深夜は音が響く。

 防音部屋だから大声を出していいというものではない。


「やかましいぞ。一体どうしたというのだ?」

「ごめんっ。でもボクはさ、今日ずっと考えてたんだよ。──って」

「……ふむ」


 トーコの言うことは一理ある。

 なんでもそうだが、協力だの味方だのというのは早いうち、大勢がまだ固まっていないうちに表明するほど貢献度が大きい。

 それが次期国王争いともなればなおさらだ。

 そして番頭ほどの切れ者となれば、味方できると計算が立てば最速で名乗りを上げるだろうと考えるのが当然である。


「ねえ公爵、考えてみてよ。ボクたちが一番最近手に入れたカードは? 未来が変わるターニングポイントは?」

「決まっている。オーガの大樹海での討伐劇だ」

「そう、ボクもそう思ってた。あの大陸国家全体を揺るがす大討伐劇で時代の流れが変わった。バカ兄王子二人が無茶な遠征計画を立てた。だから番頭はこっち側についた」

「そうだ」

「……でももし、そうじゃなかったら?」

「それ以外になんの可能性がある?」

「例えばだけど、スズハ兄の存在を、もしくは強さとか、影響力を知ったから……とか」

「…………」


 公爵の背中にじっとりとした汗が滲む。

 オーガの大樹海での討伐劇は現在、国内を揺るがす大変な話題となっている。

 大樹海の奥で大陸の人類が皆殺しになるレベルの魔物軍が組織されていたこと。

 それを殺戮の戦女神キリング・ゴッデスと渾名されるユズリハを筆頭とした、ごく少数の若者が壊滅させたこと。

 隣国、中でもとくに孤高の集団とされるアマゾネスたちと、友好関係を築いたこと。


 公爵は知っている。

 それら全ての出来事は。

 たった一人の青年がいなければ、決してなし得なかったということを。


「ボクが思うにさ、番頭はスズハ兄とどこかで接触したんじゃないのかな?」

「……そんな報告は受けていない」

「間違いない? そう考えると、全てのつじつまが合うんだけど?」

「わが娘も、護衛もそんな話を一切しなかった。そもそも買い物に出たと言っても、娘が貴族街にある王室御用達の店に連れて行ったようだからな。あの男に接触したのは、ユズリハの他にはアクセサリーショップの店員くらいしかおらん」

「そっか。じゃあその線は違うかな──」

「だろうな。初老の店員に髪留めを選んでもらいながら、女の髪型について語り合っていたらしい」


 公爵の何気ない言葉に、トーコの全身が固まった。


「──それだよ」

「なに?」

「ユズリハの連れて行った店はボクも知ってる。上質な魔力の付与されたアクセサリーショップなんて、王都に一件しかないからね」

「それがどうした?」

「だからボクも知ってるんだけど、そのお店はんだよ。あくまで魔道具屋じゃなくアクセサリーショップだから、っていうオーナーの強いこだわりで、どんな上級貴族が店員希望でやって来ても男は門前払いなんだってさ」

「……それは、間違いないのだろうな……?」

「当然。それが原因で、王女のボクが貴族間の仲裁に入ったこともあるんだから」


 初老の店員は男性だったと報告を受けている。

 ならば上級貴族ですら不可能なはずの店員に扮し、接客をした男の正体など一つしかない。


「……そうすると、つまり……」

「そう、番頭はスズハ兄に接触して答えを出した。だからボクたちについた。ううん、そうじゃない──」


 トーコはかぶりを振って、


「あの番頭の言い草だと、って感じかな……?」

「そんなのは、どちらでも同じだ」

「今はね。でももしスズハ兄が、バカ兄のどちらかに付いた時には、番頭は──」

「意味の無い仮定だろう」


 公爵が断じる。

 そう、現在の状況とあの男の性格を加味して考えたとき、あの男が王子のどちらかに付く可能性は限りなくゼロだ。


「問題はその後だな。もし、万が一あの男が王位を欲したとすれば──」

「その時には王位くらいあげるよ?」

「……なんだと?」

「スズハ兄は恐らくこの国で最強だし、バックには番頭もアマゾネスも、なんならスズハにユズリハまで付いてるし。それにスズハ兄が統治するなら善政を敷くだろうし、対外戦争は無敵だろうし。ならボクが女王で居続ける理由なんて、どこにもないかなって」

「それはそうかもしれないが……しかし……」


 貴族の価値観ではあり得ない、王位をあっさり放棄するというトーコの宣言に、公爵が目を白黒させる。

 今の言葉は、紛れもないトーコの本音だ。

 けれどトーコとて、心の内を全て明かしたわけではない。


(もっともスズハ兄が王様になるならボクと結婚するのが一番手っ取り早くて穏当だから、ユズリハには泣いてもらうことになるけど……仕方ないよね?)


 王族は平民と結婚できない。それがこの国の法であり伝統だ。

 けれどもし、結婚の瞬間に女王がその身分を捨てるのだとしたら。

 婚姻を禁止する法など、どこにもないのだから。

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