第46話 キングメーカー(公爵視点)

 深夜、サクラギ公爵家の書斎を訪れたトーコの第一声は、公爵にとって真に驚くべきものだった。


「……ちょっと待て。今なんと言った?」

「聞き返したくなる気持ちはすごく分かるけどね、これは事実なの。番頭が動いた。ていうかボクに会いに来たんだってば!」

「確認するが、番頭というのはまさかあのキングメーカーのことだろうな……?」

「当然でしょ! でなきゃボクだってクソ忙しいのに、超緊急でここまで来ないっての!」


 ──この国の商人たち、つまり経済界はと呼ばれる人物に支配されている。

 その人物は目立つことをよしとせず、決して表舞台に登場せず、それと分かる行動を起こすことすらごく稀だ。

 ゆえにその存在すらほとんど知られていない。


 けれどごく一部の貴族のみが知る、間違いないことがある。

 番頭がひとたび命令すれば、あらゆる大商人が奴隷のごとく忠実に従うこと。

 番頭が底知れない、恐らくは王家すら凌駕する財力を保有していること。そして。


「そうか……キングメーカーがついに動いたか……」

「そういうことだね」


 ここ五十年の間で、番頭が動いたと囁かれているのは過去に三度だけ。

 それらはいずれも、次代の王を決める、もしくは王を交代させようとした争いにおいて。

 そしてその全てにおいて、番頭のついた陣営が勝利し、王となった。

 ゆえに番頭はキングメーカーとも渾名されている。


「……勝った、な」


 最終的な勝利を確信して王女陣営に与した公爵だけれど、番頭の存在は今まで喉奥に刺さった骨のように引っかかっていた。

 番頭は公の場に姿を見せないし、声明も出さない。

 それはつまり、第三者からはどの陣営に番頭がついたのか確認できないということである。


 もっとも、あの第一王子や第二王子が番頭の支持を得ればその性格上、即座に喧伝するはずなので、それがない以上は今回の玉座争いにおいて番頭は中立の立場なのだと推測されていた。

 けれど所詮、推測は推測にすぎず。

 公爵はなんとか番頭と連絡を取れないかと今まで何度も試みて、全て失敗していたのだが。


「キングメーカーが挨拶をしたと言うことは当然、お前につくということだ。そうだろう?」

「……うーん。それなんだけど、ちょっとね……」

「どうした?」


 当然の確認をしたつもりの公爵だったが、予想外の返事に眉を顰める。

 一方のトーコも難しい顔で、


「それがさ、番頭に言われちゃったのよ。『今はお前の側に付くが、お前の味方になったわけではない』ってさ」

「……どういう意味だ?」

「ボクもそう聞いたよ! そしたらあのジジイ、なんて言ったと思う?『そんなことも分からぬ小童こわっぱだから、今までお前を選べなかったのだ』ってさ。 ……ねえ、これってコレどうゆうこと?」

「……ううむ……」


 公爵が唸る。

 まったくもって意味が分からない。

 いずれにせよ確かなのは、番頭が完全にこちら側に付いたと考えるのは時期尚早ということか。


「ってそういえば、今日ユズリハは?」

「あの娘は自室にいる」

「どうして書斎に連れてこないの?」

「どうせ今日は使い物にならんからな」

「どうして?」

「──昼間、と買い物に出かけた。帰ってからはずっとニヤニヤしっぱなしで、何時間も手元の安い髪留めを見ては愛おしそうにしておるわ」

「……それ、スズハ兄からプレゼントでもされたのかな?」

「それ以外に考えられまい。護衛の報告もそうなっておる」

「う、羨ましい。ボクもスズハ兄からのプレゼント欲しい──あああっ!?」


 トーコの突然の大声に、公爵が顔を顰めた。

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