12章 サクラギ公爵領にて

第118話 メイドをみんなツインテールにしたもの

 メイドの谷は、情報収集としては空振りに終わった。

 とはいえ、今後も情報があったら随時教えてくれると約束してくれたので、その点では収穫大である。メイドの横の繋がりは強いからね。

 そんなわけで、次はどこに行こうという話になって。


「なあキミ、わたしの実家に行かないか?」

「え? それってどういう──」

「い、いやっ!? 決してそんなやましい意味ではなく!」

「──ユズリハさん、なに慌ててるんですか。怪しいです」


 それからユズリハさんが弁明したところによると。

 なんとユズリハさん、オリハルコンとうにゅ子が見つかったとき、サクラギ公爵本邸に自分たちでも独自調査するよう指示を出したのだという。


「さすがユズリハさんです! 凄く助かります!」

「そうだろうそうだろう。自分で言うのもなんだが、わたしは頼りになる相棒だからな。しかしまあ、ここで一つ問題がある」

「なんですか?」

「距離だ。領地にある本邸から、父上のいる王都を経由してローエングリン辺境伯領まで情報が伝わるには、かなりの時間が必要だからな」

「つまり伝わっていない最新情報があるかもしれないから、こちらからサクラギ公爵領の本邸まで出向こうというわけですか」

「その通りだ。理解が早くて助かる」

「むー。たしかにメイドの谷から近いといえば近いですが……」


 腕を組んで考えるスズハに音もなく近寄ったカナデが、耳元でそっと囁いた。


「……メイドまめちしき。サクラギ公爵領には、有名な温泉がある」

「!」

「一年中、水着でこんよく」

「こっこここ混浴っ!?」

「おはだつるつる美人の湯。ごはんもおいしい」

「兄さん! 次はぜひサクラギ公爵領に行くべきです!」


 ……いやまあ、異論はないからいいんだけどね?

 チョロすぎる妹の将来がちょっと心配。


 ****


 旅の準備も終わり、明日にでも出発しようかというタイミングで見知った顔に出会った。


「店員さん?」

「おや。これはこれは……」


 行商姿でメイドの谷に現れたのは、いつぞやの店員さん。

 最初に出会った時は王都のアクセサリーショップで店員をしてた初老の紳士で、だから店員さんと呼んでいる。

 今はローエングリン辺境伯領で商売を営む、ツインテールマニアの商人さんだ。


「こんな場所で奇遇ですね」

「まったくですな。おかしな動きがあると聞いて、ワシ自らここまで出張でばってきましたが……なるほど、得心がいきました」

「それは良かったですね?」


 どうやらただの行商ではないらしい。

 おかしな動きというのが何かは分からないけれど、商売上の話だろうしぼくが聞いても教えてはくれないだろう。

 立ち話もなんなので、寝泊まりさせてもらっている家に案内する。


「店員さんはメイドの谷にはよく来るんですか?」

「さすがにここ数十年ほどはご無沙汰ですがの、若い頃はよく谷に通ったものですなあ。──そうして谷にいるメイドをみんなツインテールにしたものでして、若気の至りというやつですかな」

「そ、そうですね……」


 あんまり遠くに行商に来すぎて、ストレスでも溜まっていたのだろうか?

 ふと垣間見えた現代の闇に震えていると、メイドのカナデがスッとお茶を出した。


「うおおおおおっっ!?」

「そちゃですが」

「……こ、このは……相変わらず老人の心臓に悪いですな……!」

「カナデは気配を消すのが得意ですから」

「それが理由ではないですがな……!」


 以前と同じく、カナデを見た店員さんはまるで死神か伝説の暗殺者でも見たかのように、腰をぬかさんばかりに驚いた。

 まあ驚いた理由は、カナデがツインテールだからだろうけど。

 いつも思うんだけど、この店員さんツインテールが好きすぎるよね。


 お茶を一口呑んで落ち着きを取り戻した店員さんが、


「──さて、詳しく聞かせてもらいますぞ?」

「というと?」

「決まっております。このメイドの谷で、辺境伯殿がなにをしでかしたかです」

「いや別になにもしてませんが?」


 そう前置きして話を進める。

 メイドの谷には、オリハルコンと彷徨える白髪吸血鬼の情報を求めてやってきたこと。けれどそちらについては空振りだったこと。

 滞在中、メイドたちの訓練を手伝ったこと。


「……てな感じですね」

「ううむ……谷のメイドを手懐けるとは、さすがは辺境伯殿といったところですがな……しかしそれだけだと辻褄が……ほかには何かありませぬか?」

「いやなにも」


 そう言うと、なぜか店員さんに疑いの眼差しで見られてしまった。

 失敬な。

 ぼくは店員さんと違って、谷のメイドさんを全員ツインテールにするみたいな奇行に走ったりはしないのですよ?


「なんでもよろしいので、思いついたことを洗いざらい教えていただけませぬか。そこにヒントが隠されているかもしれませぬ」

「そう言われても……あとはぼくが、メイドの谷の理事長になったことくらいしか……」

「それですぞ!?」


 疑問はあっさり解決したらしい。


「し、しかし、なぜそんな話に……!?」

「ウチのメイドのカナデが言うには、なんでもぼくが谷のメイドみんなのご主人様だって認めてくれたらしいんですよ。それでみんながそう言ってくれるのなら、ぼくもカナデを通じてご縁もあるし、理事長にでもなって援助しようかなと」

「そうでしたか……この、メイドの谷の、理事長に……!」

「似合わないですよね。今でもほとんど平民なのに、理事長なんて貴族みたいな肩書き」

「とんでもない! メイドの谷の理事長などと、辺境伯殿が世界で一番似合いますぞ──いやむしろ辺境伯殿以外は絶対に、絶対に考えられませぬ──!」

「あはは。そう言って貰えると嬉しいですね」


 もう、口が上手いんだからこの店員さん。まさに商人の鏡というか。

 この店員さんの上手いところは、その絶妙な言い回しなんだよね。

 言葉としてはあからさまにヨイショなのに、滅茶苦茶重々しい言い方で。

 いまの理事長になった話も、まさにこの大陸を揺るがす一大事!

 ──みたいに、しごく真顔でヨイショしてくれる。


 これがアクセサリーショップだったら、つい余計なモノまで買っちゃいそうだ。

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