第116話 メイドが四六時中いちゃいちゃする訓練
メイドの谷に来た初日こそ、メイドさんと無限組手みたいなことをさせられたけれど。
その後は至って快適な滞在をさせて貰っていた。
なにしろ居住するメイドさんの人数が膨大で、その一人一人にカナデが聞き取り調査をしてくれている。
久しぶりの挨拶も兼ねているみたいだ。
なので聞き取りが終わるまで、しばらく時間がかかる。
その間、ぼくらは時にメイドさんのお手伝いなんかをしながら、メイドの谷に滞在しているわけだけど──
「兄さん、どうして左右にメイドを侍らせてるんです!? しかも膝の上にカナデまで! そこはわたしの席のはずですっ!」
「いや、もう子供じゃないんだし膝上はスズハの席ではないような……?」
「そんなのは些細な問題です!」
ぼくがメイドさんたちの訓練を手伝っていると結構な確率で、スズハがご立腹の様子で異議を申し立ててくるわけで。
「仕方ないよスズハ。これは大事な訓練の一環なんだって」
「……どんな訓練ですか?」
「領主の子息と打ち解けるため、メイドが四六時中いちゃいちゃする訓練」
「そんな訓練あります!?」
いやぼくも、おかしいとは思ったんだよ。
でもねえ。
「ぼくもカナデに聞いたんだよ。そんな訓練が本当にあるのかって」
「だったら、」
「そしたらカナデが『あるとしか言えない』って答えたからさ。じゃあ本当なんだなって」
「兄さんそれ騙されてません!?」
失礼な。
ぼくは自分のメイドのことを信頼しているだけなのに。
それにまあ、もし違ってても実害はないしね。
「ねえスズハ、ぼくたちはメイドの谷のみなさんに、色々お世話になってるんだからさ。ぼくたちでできる恩返しはしないとね?」
「──まあその点は、スズハくんの兄上の言うとおりだな」
「ユズリハさん。訓練の方は終わったんですね」
「ああ」
ユズリハさんは主に、メイドたちの戦闘訓練を付けてくれている。
ちなみにスズハは特になにもしていない。
「だがここのメイドたちの戦闘力は凄まじいな。攻撃力に特化し過ぎるのが難点だが……それにしても、他の訓練をしている姿を見かけないのだが?」
「ちゃんとやってる。たとえば、どくや──薬の調合とか」
「ほう」
「どくば──針を使ったくんれんとか」
「そうだったのか。実はわたしは、裁縫が少し苦手でな。戦場で衣服が破れた時なんかに困ることがあるんだ。なのでわたしも参加させてくれないか?」
「あぶないからだめ」
「わたしはそこまで不器用じゃないぞ!?」
まさか毒針を使うわけじゃなし、カナデの態度は大げさではあるけど、ユズリハさんもあれで公爵令嬢だからね。
万が一にも怪我されたくない気持ちは分かる。
****
カナデの聞き取りがあらかた終わるまで、結構な時間が掛かった。
その間、ぼくはメイドさんたちの訓練に付き合って、メイドさんに膝の上に乗られたり、メイドさんと一緒にお昼寝したり、メイドさんに「あーん」されたり、メイドさんの腰のリボンを「よいではないか、よいではないか」「あーれー」なんて言いながら引っ張ってくるくる回したりとか、他にもなんかもういろいろした。
そして結論。
「……情報は得られなかった。ごめんなさい」
「とんでもない」
カナデがしゅんと
結局のところ、オリハルコンと彷徨える白髪吸血鬼の有力情報が得られなかったことで、カナデは責任を感じているようだった。
でもそんなもの、そもそもが無理難題だったわけで。
「カナデはよく頑張ってくれたよ。ありがとう」
「ん……」
頭を撫でると、カナデが気を取り直したようにぼくを見て。
「それでご主人様。どうだった?」
「どう、って?」
「メイドの谷のメイド。ご主人様は、みんなにもちゃんとご主人様として認められたから、好きなメイドをお持ち帰りしていい。みんな喜ぶ」
「ええ……?」
そう言われて考える。
たしかに、あの広大なローエングリン城のメイドがカナデ一人っていうのは、大変だと思っていたのだ。カナデが万能メイドだから忘れがちだけど。
だからこの機会に新しいメイドを雇えるというなら、それもアリだろう。
ここのメイドなら、みんな気心も知れてるしね。
「カナデは何人ほしい?」
「ご主人様がほしくないなら必要ない。そもそもメイドの谷のメイドはみんな半人前」
「そっか、養成機関って言ってたもんね」
でもだからと言って、これでバイバイというのはちょっと寂しい。
せっかく繋がった絆なわけだし。
それになにしろ、ウチのメイドのカナデが校長先生らしいからね。
──そこまで考えて、いい考えが浮かんだ。
「じゃあぼくが、理事長になるってのはどう?」
「りじちょう……?」
「そう。メイドのみんなを教育するお金を、支援する役目。どうかな?」
そうすればぼくが少しでも支援できるし、メイドさんたちとの絆もつながったまま。
それにぼくも辺境伯になって、お金にはだいぶ余裕が出来たからね。
メイド教育に投資したってバチは当たらないだろう。
ぼくの提案を説明していくと、カナデの顔がみるみる明るくなっていく。
「……いい! りじちょう、すごくいい……!」
「カナデもそう思う?」
「ご主人様はカナデよりえらい。りじちょうも校長よりえらい。だからぴったり」
「まあ、ぼくはカナデたちに口出しする気は無いけどね」
「みんな、ご主人様のメイドになりたがってた。だからうれしい」
「そっか」
いつかメイドの人手が足りないとカナデが言ったら、何人かウチに就職してもらおう。
カナデもきっと喜ぶはずだ。
「そういうことなら。メイドの谷のメイドはみんな、ご主人様のメイドもどうぜん」
「まあ金銭的な流れはそうかな?」
「というわけでご主人様、びしっとみんなに命令してほしい。それに、ご主人様の命令がもらえないとみんな悲しむ。メイドの名折れ」
「うーん……」
とは言っても、何人かだけローエングリン城に連れて行ったら、みんな一緒にメイドの訓練ができなくなるしなあ。
「じゃあさ、情報収集を頼んでいいかな?」
「どんとこい」
「無理とかしなくていいから、できる範囲でオリハルコンと彷徨える白髪吸血鬼について調べてくれたら嬉しいな。そうだ」
ぼくはポケットからトーコさんに渡されたメモを取り出して、
「これ、トーコさんのリスト。ここら辺に情報があるんじゃないかって言ってた」
「──わかった。メイドの谷のなにかけて、てっていてきに調べ上げる」
「期待してるよ」
まさか現地調査に行くわけじゃないだろうけど、メイドは横の繋がりも広いみたいだし。
ひょっとしたら、現地で知り合いが働いてたりとかあるかもしらん。
「それじゃよろしくね」
「もえる」
そんな風に、気軽にお願いしたその一言が。
まさか大陸の地図から、小国が三つ消えるきっかけになるなんて事実を。
その時のぼくが、知るよしもなかった──
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