第90話 布面積を限界ギリギリまで削った黒ビキニを新調したのに(トーコ視点)
深夜。
ベッドに腰掛けるユズリハとトーコの前で、スズハが頭を下げていた。
「本当にすみませんっ……! 兄さんの勧誘に失敗してしまいました……!」
「……まあその状況なら仕方ない。スズハくんの兄上に、せっかくの新作水着を披露できないのは大変手痛いが……」
「あれだけ仕事が溢れてる状況じゃ、スズハ兄も遊びに行けないよねえ」
ユズリハが心底残念そうに肩を落とす様子に、トーコは苦笑するしかない。
もちろんトーコだって、凄く恥ずかしいのを我慢して布面積を限界ギリギリまで削った黒ビキニを新調したのに……なんて残念な気持ちは大いにある。
とはいえ、スズハの兄に自分のたわわに実りすぎたわがままボディを披露しなくて済んだ、その点では安堵もあった。
冷静に考えて恥ずかしすぎる。
ユズリハやスズハが勝負するなら、トーコも参戦しないわけにはいかない。
けれどそうでなければたとえ命の恩人であっても──むしろ命の恩人だからこそ、顔から火が出るほど恥ずかしくなる性分なのだから。
「まあ結果的に、ボクが仕事を押しつけたようなもんだけど」
「そうだぞトーコ。お前が悪い」
「いやあ。ちょっと困ってるスズハ兄の前に、ボクが颯爽と現れて手取り足取り仕事を教えて、尊敬されようって下心もあったんだけどねー」
「今すぐ土下座してスズハくんの兄上に詫びるがいい。一生」
「それはさすがに長すぎないかな!?」
とはいえ、調印式の準備の件では収穫も大きい。
一番の収穫はスズハの兄が平時の辺境伯としても相当優秀そうなことと、真摯に仕事に取り組む姿勢を確認できたこと。
スズハの兄を推した自分の目に間違いはなかったと、ほっと胸をなで下ろしているのが本音だった。
辺境伯の地位を無理矢理押しつけたことは棚に上げるとして。
「本当は兄さんのお手伝いを、わたしができればいいのですが……」
「無理でしょ。スズハ兄のやってる仕事って相当高度だよ? まともに文官の知識もないスズハじゃ足手まといだってば」
「そういうことだ。わたしも手伝いたいが、幼い頃から軍務ばかりでな」
「ユズリハは公爵令嬢なんだから、できてもいいはずなんだけどね……?」
トーコがジト目でユズリハを睨むが、もちろん本心ではない。
それにトーコは、ユズリハが公爵家次期当主にふさわしく、きちんとした政治的判断が下せることも知っている。
ただし性分の問題で、書類仕事と致命的に相性が悪いのだ。
トーコが肩をすくめて、
「まあいずれにせよ、水着の件はいったん保留だね。スズハ兄の性格だと、ここで無理に誘っても怒られる未来しかないし」
「そうせざるを得ないだろう。……しかし残念だ。湖の湖畔で背中にサンオイルを塗ってもらいつつ、スズハくんの兄上がオイルのヌルヌルで手が滑ってわたしの胸を思いっきり揉んでしまって、真っ赤になるハプニングなどもあっただろうに」
「なんですかその妄想は。──それにオイルを除いたら、いつもの兄さんのマッサージと一緒じゃないですか」
「ふん、分かってないなスズハくんは」
「というと?」
「わたしにスズハくんの兄上のようなマッサージは不可能だが、スズハくんの兄上の肌にオイルを塗ること程度ならできるわけだ。つまりはスズハくんの兄上と、塗って塗られてくんずほぐれつも可能ということっ……!」
「な、なるほどっ……! さすが生徒会長ですね!」
「そーだろー、そーだろー」
アホなことを言っている二人の会話を聞きながら、トーコはふと「そういえば二人とも、身分上はまだ騎士学校の生徒なのよね」などと思い返した。
スズハもユズリハも、王立最強騎士女学園は現在休学中という扱いになっている。
現状では国防上、ウエンタス公国との国境防衛を実質的に担う唯一にして最強の戦力、スズハの兄とユズリハとスズハ──その三人のうち二人を王都に戻すなどという発想は、はっきり言ってありえない。
いずれは王立最強騎士女学園の分校をこちらに作って精鋭女騎士の持続的な育成なども計画しているが、まだまだ先の話である。
これからどうしようかなどとトーコが考えているうち、いつの間にかメイドのカナデと謎幼女のうにゅ子も部屋に入って、どんな水着がよりセクシーなのかが議論されていた。
「──やはりストレートに布面積の少ないビキニが一番なのでは?」
「スズハくんの兄上は奥手だからな。意外にああいうタイプは、ワンピースタイプの方が反応がいい。カナデはどう思う?」
「……水着そのものよりもギャップが大事。だから毎日マッサージで肌を晒しているより、いつもメイド服でがっちりガードしているほうが有利になる。具体的には水着を着たとき新鮮さが出てギャップ萌え」
「うにゅー」
……まあとりあえずアレだよね、とトーコは結論づける。
調印式が終わって、もう一度スズハの兄を泳ぎに誘えるころには、みんなの水着はもう一着ずつ増えているのは間違いなさそうだ。
もちろん、自分を含めて。
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