第27話 暗殺者の気配
パーティーでエスコートするとはつまり、ぼくとユズリハさんが婚約者みたいな感じで一緒に会場入りするということで。
案の定というか、ぼくたちが会場の公爵家庭園に入場したとき、会場全体は大いにざわついた。
あの超絶有名公爵令嬢ユズリハさんの横に、見知らぬ平民がいるんだからそりゃ当然だろう。
なのでぼくもそこでは動揺しない。
けれど全く別の、動揺せざるを得ない理由があるわけで──
「──こらこらキミ、なんでそんなにへっぴり腰なんだ!」
「いやそのですね、これ以上近づくとですね」
「キミはわたしのエスコート役なんだぞ? もっとぴったり近づいて、腰にぎゅーっと手を回したまえ。ほらぎゅーっと」
「いやそうすると、ユズリハさんの豊かすぎる胸部装甲が、ぼくの身体に押しつけられるんですよ……」
「……し、仕方ないじゃないか。他の男ならともかく、キミならば……うう、恥ずかしい……」
そんなこんなでなんとか入場を済ませて。
開始時刻になり、登場した公爵家当主がスピーチを始める。
それはつまり、いかにぼくたちこと『ユズリハさんとその仲間たち』が、彷徨える白髪吸血鬼相手に勇敢に立ち向かい、最終的に腕を斬り落として追い払うという大勝利を得たかというお話で。
正直、聞いてるこっちが恥ずかしくなるほど美化しまくっていた。
王都随一の吟遊詩人に原稿を書いてもらったに違いない。
そして演説が終わると、ぼくとユズリハさんによる模擬戦闘が始まる。
これも事前に公爵から、そういうプログラムだと言われていた。
模擬戦闘を見せることで、ぼくたちの実力はホンモノだぞということをアピールする狙いなんだと。
「さあいくぞ、キミの力を存分に見せつけてやれ!」
ノリノリなユズリハさんに押されて中央へ。
こいつは要するにアレだ。
ユズリハさんというよりは、ぼくの力量を出席者に見せるために、公爵が用意してくれた舞台だ。
既に圧倒的な実力者として知られるユズリハさんを相手に剣を交えることで、今の討伐話がウソじゃないことを証明しようというものである。
まずは恐ろしく美しい舞踏のように始まる、ユズリハさんの単独剣舞。
一方ぼくは素人だ、剣舞なんて上等なことできっこない。
どう見てもユズリハさんの剣舞は見応え十分で、これだけで見世物としては十分だと思うんだけど。
「……やるんですか? ホントに」
「もちろんだ! ──とりゃあっ!」
ボソリと呟いたぼくの声が引き金になったのか、ユズリハさんがぼくに打ち掛かってきた。
出合った頃より格段に速さと鋭さを増した、成長真っ最中の瑞々しい剣戟。
攻撃過多で防御にやや隙が多いのは、あまり強い相手と戦っていないからだろうか。
それでもこの一ヶ月あまりで、長足の進歩を遂げたのだけれど。
しかしこれ……いつもの訓練風景と変わらないんだけど、いいのかなあ?
「はっ! ふんっ!」
ブンッ! ブンッ!
「す、凄い……あの
「それを涼しげに躱すあの青年は、いったいどこの誰なんだ……!?」
「あんな攻撃、もし一撃でも食らったら即死だぞ……!」
「騎士団長の一撃よりよほど速い上に、全てが正確に急所を狙ってるじゃないか……!」
「ユズリハ様の動きもたいがい頭おかしいけど、あの斬撃を一つ残らず躱すなんて、もはや人間業じゃない……l」
さすがに会話をちゃんと聞くほど余裕は無いけど、騎士たちが集まっているあたりが騒がしいようだ。
逆に文官の貴族たちは感心して見守っている様子。
ていうか完全な素人さんなら、ユズリハさんの剣戟がまともに見えないんじゃないかなあ?
「ははっ、さすがスズハくんの兄上! だが少しは撃ってきたらどうだ!」
「そうですね。それでは──ッッッッッッ!?」
適当に剣撃を合わせて、この模擬戦闘を終わらせようと跳んだ刹那。
視界の端にキラリと光るものが見えた。
それがなんなのか、などと考える間もなく反射的に反応して。
──それは恐らく、吹き矢のようなものから出たであろう毒針。
とんでもない速さで、正確にユズリハさんを狙って飛んでくる。
そもそも死角で見えないし、もし気付いたとしても空中で振りかぶったユズリハさんには回避不可能な一撃。
ユズリハさんを狙わんとする超一流の暗殺者が放った、絶対的な一撃。
「はああああっ──────!!!!」
その致命的な一撃がユズリハさんの首筋に突き刺さる直前。
ぼくの剣戟が、毒針を真横から真っ二つに叩き落とした。
そのままユズリハさんの身体を地面に叩きつけ、首筋にピタリと刃を這わせる。
いつ二撃目がきても、ユズリハさんを護り通せる態勢だ。
そうして、いつ二撃目が来るのか油断なく伺っていると。
「……ほ、本気のキミの前では、わたしの剣技など赤子同然だと改めて思い知らされたな……それはともかく、この態勢でいるのはちと恥ずかしいのだが……?」
「……えっ?」
気がつくと、ぼくはユズリハさんの身体にのしかかるような態勢で。
ぼくたちの迫真の模擬戦闘を賞賛する大歓声が巻き起こっていて。
暗殺者の気配は、いつの間にか消えていた。
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