第74話 キミの敵と認定された商人は、永久に貴族相手の商売ができなくなる

 しばらく目を白黒させていた店員さんだけど、ようやく落ち着きを取り戻してコホンと咳払い一つ。


「ま、まあ、そのメイドのことはともかく……こちらでの生活はいかがですかな?」

「見ての通り、書類に埋もれる毎日ですよ」


 店員さんに人手不足の現状を説明すると、今度は驚くことなく、さもありなんという顔で頷いていた。


「それは大変お困りでしょうな」

「そうなんです。なにしろぼくにはツテがないし、ユズリハさん経由で紹介してもらうにしても、ここは辺境ですから難しいですし。──だからといって地元でヘタに探しても、前の辺境伯のやり方が蔓延しているみたいで、それを真似されたら堪らないですしね」

「全くですな」

「どこかにいい人材はいませんかねえ?」


 商人のネットワークで、誰か紹介してくれないだろうかなんてユルい期待で聞いてみると。


「おりますぞ。というより今日は、そのこともあって訪問したのです」

「おおおっ!?」

「アヤノ殿。こちらへ」


 店員さんが声をかけると、商人仲間かお弟子さんだと思われていたフードの青年がスッと一歩前へ出た。


「これ、顔を見せてご挨拶しなさい」

「……辺境伯閣下。アヤノと申します」


 フードを取ったアヤノさんの顔は中性的で、よく見れば整っているけれど華がない。

 いわゆるモブ顔というやつだ。

 つまりぼくと同じである。


「アヤノ殿は、ワシに多大な借金をしておりましてな。その返済をせねばならぬのですが──どうでしょう、ローエングリン辺境伯領で使ってみませんかな?」

「え? いいんですか?」

「無論。こう見えてもアヤノ殿は、内政や統治に関わる経験も豊富なプロフェッショナルです。きっとお役に立てましょうぞ」


 ということはアヤノさん、以前もどこかの文官だったか、それとも貴族だったけれども実家が没落したとかなのかな……?

 アヤノさんの過去は、なんだか不幸な匂いがするけど。

 ぼくにとってはありがたいことこの上ない。


「無論、タダというわけにはいきませんが。……このくらいでいかがですかな?」


 そういって示された金額も、まあお高いものの許容範囲内で。

 それに、アヤノさんが店員さんの言うとおりの実力ならむしろ安いかもしれない。

 どう思うか確かめようとして目が合うと、ユズリハさんは一つ大きく頷いた。


「キミ、いい話じゃないか」

「ユズリハさんもそう思います?」

「もちろんだ。それにこの商人は、王都の貴族街にある店の人間だしな。つまりキミに粗悪品を掴ませれば、あのアクセサリーショップ……ヘタをすれば王都の貴族街に店を構える連中丸ごと、キミに喧嘩を売ったことになるわけだ。そんな危険な賭を犯すはずがない。だからこの青年は信用できる」

「そんなもんなんですか?」

「ああ。しかも、この商人が要求したのはかなり強気な報酬だった。──つまりアヤノ殿は、間違いなく極めて優秀なのさ。あの報酬でも格安だと思われるほどに仕事のできる、言うなれば一国すら統治できるほどの才能の持ち主なのだろう」


 ユズリハさんの言うことは分かる。

 でもそれ、店員さんがぼくを裏切ったら前提が成り立たないんじゃないかと思うんだけど。

 そんなぼくの考えは顔に出ていたようで、


「商人を舐めちゃいけない。貴族相手の商売なんて信用が命だからな、今のキミを騙したなんてことがばれたらその商人は簀巻きにされるぞ?」

「んなバカな」

「いいや、間違いなくだ。これが落ち目の貴族や、嫌われ者ならまた別だろうが──今のローエングリン辺境伯に喧嘩を売るなぞ、王家やサクラギ公爵家を相手にするより最悪だろう。なにしろキミを騙せば、キミだけでなく王家やサクラギ公爵家、それにキミに心酔する軍最高幹部までまとめて敵に回るんだから」

「ええ……?」

「となれば当然、少しでも頭の回る貴族もこぞって追従する。そしてわたしが根こそぎ粛正した結果、現在この国に愚か者の貴族はいない。──結果キミの敵と認定された商人は、永久に貴族相手の商売ができなくなるんだ。たとえキミがどう思おうと」


 冗談ですよね、という目で見ると、アクセサリーショップの店員さんは当然とばかりに頷いた。


「もちろんその程度の覚悟はできておりますぞ。……もっとも、リスクが大きければリターンもまた大きい。だからこそアヤノ殿をお預けしようとした次第で」


 まあいずれにせよ、人手不足すぎる現状において選択の余地があるはずもなく。

 ぼくはアヤノさんを雇い入れることを決めたのだった。


 ……これは余談なのだけれど、ぼくが個人的にアヤノさんを雇えてよかったと思える、しょーもない理由が一つあって。

 それはアヤノさんが、いわゆるモブ顔男子であること。

 言っちゃなんだけどウチは、妹のスズハを始め客人のユズリハさんもメイドのカナデも、びっくりするほどの美少女揃い。しかもみんなスタイルが抜群すぎる。

 一人だけ平凡顔のぼくは、なんとなく肩身が狭かったのだ。

 その点アヤノさんはよくよく見れば整った容貌ながら、顔の個々のパーツが主張することなく、きちんとモブ顔の範囲に収まっている。大変素晴らしいことじゃあるまいか。


 なのでこれからはモブ顔男子どうし、大いに交流を深めていきたいと思う。

 もちろん同性愛的な意味ではない。

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