第75話 まちがいなく泥棒猫のにおい
アヤノさんがやってきて2週間が経った。
さすが店員さんが推薦するプロだけあって、アヤノさんの仕事のスピードは凄まじいものがある。
机が見えないほど積まれていた書類の山がみるみる内に減っていくうえ、判断も正確だし細かいところもポイントを押さえてフォローしてくれるしで、ぼくやユズリハさんなんかとは比較にならない。
プロの文官の中でも、アヤノさんは間違いなくトップクラスなのだろう。
「……これが、世に言うチートってやつか……!」
あまりの衝撃にボソッと口を滑らせたら、アヤノさんになぜかジト目で睨まれた。
「はっ。世界最強チート軍団のチート世界代表が、なに言ってるんですか」
「わけの分からない言いがかりで
「はいはい。妄言はいいですから、そこの処理済み箱にいれた書類に目を通して、ばしばしサインしてくださいねー」
アヤノさんが来る前、一緒に書類に埋もれていたユズリハさんはここにはいない。
アヤノさんの活躍ぶりに、もはや執務室にいてもいなくても一緒だろうということで、スズハとともに外回りに出ているのだ。
ユズリハさん
「わたしがキミの代わりに、バッチリ街の有力者どもを締め上げておくからな! ついでに辺境伯領の新兵も募集して、わたし直々に鍛え抜いておこう」
「いやユズリハさん、別に締め上げなくてもいいですよ!?」
「なにを言う、こういうのは最初が肝心なんだ。領主の威厳というものを存分に見せつけておかないといけないからな。それにわたしたちが書類付けだった間、スズハくんがいろいろ動いてくれていたようだし」
「はい。とくに新兵たちは、将来的にアマゾネス軍団に匹敵する精鋭たちを鍛え上げるべく、わたしが毎日直々に特訓を施しています。……決して兄さんに相手してもらえる時間がない腹いせに、新兵たちを叩きのめしまくっているわけではありませんから」
「ほ、ほどほどにね……?」
そんなスズハとユズリハさんが鍛え上げた辺境伯領兵たちは、本当にアマゾネス軍団と並ぶ世界最強軍団として名を馳せることになるのだけれど、それはずっと後の話。
ちなみにメイドのカナデは、たった一人の辺境伯家メイドとして城内を切り盛りしてくれている。
食事だけはスズハやユズリハさんの強い要望でぼくが作っているけれど、広大なお城の清掃をたった一人でやってくれるなんてそれだけで優秀すぎる。さすが貴族のメイドは違うと感心することしきりだ。
「でもカナデ、こんなに広いと掃除するの大変じゃない?」
「へいき。カナデは強いから、どんなそうじもワンパンで解決」
「……それならいいんだけど、よろしくね?」
「まーかせて」
そんな頼りになるメイドのカナデを最近悩ませているのは、一匹のネコらしく。
「……くんくん」
「どうしたの、カナデ?」
「どこにいるか分からないけど、においがする」
「臭い?」
「そう。カナデのメイドのカンが告げてる……これは、まちがいなく泥棒猫のにおい……!」
「泥棒猫ねえ。でも食材が無くなってた記憶とかないけど?」
「そんなチャチなものじゃ断じてない……ヤツは大変なものをぬすんでいく、そんなけはいがビンビンする……!」
姿も見えぬネコを気にしているカナデは、年相応のあどけない姿で。
スズハの下にもう一人の妹が出来たみたいで、なんだかほっこりするのだった。
****
時間に余裕が出来ると、いろいろ見回したり考えたりすることが出来るようになる。
そうして得た結論。
「ねえアヤノさん。どこがおかしいんだと思う?」
ぼくの質問に手を止めた、すぐに意図を理解したとばかりに問い返す。
「失礼ですが、どこでそう思われましたか?」
「どこでもなにも。この書類の数字でやっていくには、このお城は立派すぎるんだよねえ?」
どこがこの辺境伯領の主な収入源なのかずっと考えながら書類をさばいて来たけれど、そんなものは一つも無かった。
そして立派な建物の維持費というものは、これまた立派なものだ。ぼくのところに上がった数字じゃ、そんなのものはとても維持できない。いくらカナデみたいに優秀なメイドがいても。
けれどこのローエングリン城は、維持に手を抜かれた様子もない。
ならば答えは一つしかない。
どこか、嘘の報告をあげている。
ぼくの話を聞き終えるとアヤノさんが同意して、
「ちなみに現在、どこが怪しいか閣下にお考えはありますか?」
「鉱山かなあ? とくにミスリル鉱山が怪しい、だって採掘量と維持費のバランスがおかしいと思うんだ。まるで維持費はそのままで、採掘量だけケタ一つ削ったみたいな感じがする」
「なるほど。わたしも噂に聞いていた辺境伯領の状況とまるで違っていて、おかしいと首をひねっていました。……閣下にご注進差し上げなかったこと、深くお詫びいたします」
「とんでもない。アヤノさんにはいつも感謝しているよ」
注意深く観察すれば、アヤノさんが寄越す書類に偏りがあるのは分かった。
だからやっぱり鉱山が怪しいと、狙いをつけることが出来たのだ。
それに仕事を始めたばかりのアヤノさんの立場では、不正疑惑を口にすることは難しいだろう。
相手が頑迷な領主なら、それこそ内部分裂をもくろむスパイだなんて疑われるところだ。
「というわけで、ぼくはスズハやユズリハさんとミスリル鉱山の視察に行ってくるから。申し訳ないけど書類よろしくね」
「……はい?
「思わないよ。ぼくはこれでも、少しは人を見る目があるつもりだし」
留守番のアヤノさんには悪いけれど、鉱山の視察は最優先事項だろうから片付けておこう。
決して、ぼくが書類仕事が嫌になったからって、視察にかこつけてバックレるわけではないのだ。
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こちらの作品「妹が女騎士学園に入学したらなぜか救国の英雄になりました。ぼくが。」が、ファンタジア文庫様より本日発売となりました。
これもひとえにお読み戴きました皆様のおかげです、本当にありがとうございます!
一部店舗様にてご購入いただくとついてくる特典書き下ろしSSですが、内容は以下のような感じです。
アニメイト様:スズハが今日からツインテールになろうとする話
ゲーマーズ様:トーコが鮨で釣ったスズハ兄に秘密のお願いする話
とらのあな様:スズハ兄が騎士団相手に無自覚無双する話
メロンブックス様:ユズリハが公爵家メイドにラヴの相談する話
もし気が向きましたら、書店で試しにお手にとってみてください。そしてレジへゴー! レッツビキン! キミならできるさ絶対!(違)
というわけで、
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