第133話 スズハ兄以外は無理でしょみたいな魔獣とか(トーコ視点)

 聖教国が動いたと聞いた公爵も、すぐにピンときたようで、


「なるほどな。あの男が気になるから、様子を窺いに来たというわけか」

「間違いなくそうだよねー」

「聖女もそうだが──教皇と大司教も絡んでいるだろうな」

「まったく、スズハ兄が気になるなら自分で来ればいいのにさ!」

「諦めろ。本来、国王が交代したら挨拶に向かうのは昔からの慣習だ」


 まあ文句ばかり言っていても仕方が無い。

 そんなことはトーコにだって分かってる。

 ならば、どうすればいいかという話になるわけだが。

 それが思い浮かばないから、こうして困っているわけで。


「まあ聖教国に挨拶はいくけどさ……話を戻すと、そういうことなら治安維持には地道にお金かけるしかなさそうかあ。なんか楽な方法はないかな?」

「お前以上に楽な王など存在しない。あの男に感謝するんだな」

「いや、それは感謝してるけど……」


 そしてふと思う。

 公爵だって、自領の治安悪化は頭の痛い問題のはずだ。

 それが証拠に、つい最近まではバタバタしていた。

 けれど今は、どこか余裕が見て取れるような──?


「ねえ。公爵には、なんか秘策でもあるの?」


 聞いてはみるが、そんなもの無いだろうと思いつつトーコがお茶を啜る。おいしい。

「そんなものはないが、公爵領の家宰から早文が来てな」

「どんな?」

「──公爵家本邸を訪問したあの男が、領地内全八十八箇所の討伐目標を全て討伐すると言って、屋敷を出発したらしい」

「ぶ──────っっ!?」


 盛大にお茶を吹き出した。

 トーコの反応を予想していたらしい公爵は、素早く書類を掲げてガードする。


「けほっ、けほっ──な、なによそれ!?」

「あの男の実力を考えれば、十分に可能だろう」

「そりゃそうかもだけどさ! ……ってあれ、でもそれって意外に有効……?」

「あの男をいざという時に使う、そのための貸しが減ることさえ除けば十分ありだろう。ユズリハは激怒したそうだが」

「まあユズリハは、軽い気持ちでスズハ兄に仕事を振ったら怒るだろうねー。その代わりスズハ兄本人は、まるで気にしなそうだけど」

「そうだな」


 二人とも、スズハの兄が失敗する可能性など微塵も考えていない。

 というより、スズハの兄が苦戦する可能性が一ミリでもある相手がいたとしたら、即刻公爵から女王へ緊急報告がなされているはずだから。


「ふーん。いいなー。スズハ兄、王家直轄領もやってくれないかなー」

「頼めばいいだろう、あの男は断るまい。それこそ王国全土の討伐を頼んだらどうだ?」

「あ、それはダメ」

「なぜだ」

「そりゃまあ人間ってのはさ、楽な方に流されちゃう生き物だから」


 討伐を頼めばスズハの兄は引き受けるだろうし、頼んだ貴族も感謝するだろう。

 だがそれは繰り返され、いつしか癖になる。

 そうしていつの日か、スズハの兄がいなくなったとき。

 貴族は自分の領地を護らなければいけないことを、すっかり忘れているだろう──


「いやほんと、さっき聞いた話くらいならいいんだよ。たまたまスズハ兄が来たときに、官僚送った貸しを返してもらいましたみたいな。でもそれは日常的にやるものじゃない。そもそも普通の貴族は、スズハ兄に貸しなんかないわけだし」

「粛清されたあやつらなら、あの男を使うだけ使ったあげく踏み倒しそうだな」

「そんなだから粛清されるんだよ……スズハ兄に愛想尽かされて国を捨てられる、それが一番の亡国まっしぐらシナリオなんだからさ」

「王家に討伐の斡旋を依頼されても、やる気はなさそうだな」

「ないねー。まず現状認識がどうなってるかから、延々と問い詰めそう」


 そう言ったトーコがふと首を捻って、


「いやもちろん、緊急事態なら別だよ? スズハ兄以外は無理でしょみたいな魔獣とか」

「ほう」

「言っても危険度最上位のヤツだけだからね? それこそ、サクラギ公爵領の初代公爵が封印したって伝説の、ヨルムンガンドが復活したとかさ!」


 ヨルムンガンドは、神話の時代にいたとされる伝説の大蛇。

 初代サクラギ公爵が数ヶ月の死闘の末、討伐はできないもののなんとか霊山に封印し、その場所には温泉が湧くようになったという伝説が残されている。

 もっとも信頼できる目撃記録は残っておらず、現代では想像上の魔獣とされているが。


「……冗談でもやめろ。サクラギ公爵領を滅ぼす魔獣の実在なぞ、想像もしたくない」

「あ。ごめん」


 その後いくつかの問題について話し合い。

 その日もいつものように、深夜の密談は終わった。


 ****


 それからおよそ一ヶ月と少し。

 サクラギ公爵は、邪蛇が復活し退治されたという緊急報告に、愕然とすることになる──

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