第237話 全身をスライム的なモノで覆われた、泥色のナニカ

 謎の大人気観光スポットこと下水道を離れて、今度は史料館へと向かう。

 こちらはもっと混雑が酷くて、入場まで三時間待ちとなっていた。


「……えっと、どうします? 並びますか?」


 ぼくが聞くと、ユズリハさんは胸元から数枚のチケットを取り出して。


「問題ない。トーコから、特別招待チケットをせしめているからな」

「おおっ」

「招待者欄にトーコのサインが入ったチケットだ。これで関係者入口から入場しよう」

「ですね。……三時間待ちの列をすっ飛ばして入るのも、なんだか悪い気もしますが」

「気持ちは分かるが、仮にも女王の招待客が並んで入場したら、それこそ大問題だぞ? 責任者の首が物理的に飛んでもおかしくない」

「むう」


 結局、ぼくらは招待チケットを使って入ることにした。

 だってタダだもの。


 関係者入口でチケットを見せると、館長だと名乗る白髪のおじいさんがすっ飛んできて館内を案内してくれることになった。

 それも、もの凄く丁寧な感じで。

 女王のサイン入りチケットを持った貴族令嬢が来れば、まあそうなるよねえ。


 ちなみにぼくが辺境伯だということは、当然ながら気づかれなかった。


 ****


「──この史料館は、王城の一部を移築して永久に保存するため建てられたのです」


 歩きながら館内の説明していく館長に、ユズリハさんが軽く頷いて。


「ふむ。すると、王家の史料を保存するためではないと?」

「さようですな。少しはそのような史料の展示もありますが、史料館の八割以上は王城の一部を移築するスペースに使われております。それでも王城のほんの一部ですが」

「そうだろうな。しかしそうなると、どこを移築するかの選定は大変だったろう。やはり玉座か? それとも諸侯が集まる大広間だろうか」


 いかにも豪華そうな場所を羅列するユズリハさん。

 しかし館長さんは静かに首を横に振ると。


「いえいえ。それよりも重要で、来場者の皆様にも圧倒的一番人気の部屋がございます。お分かりになりますかな?」

「圧倒的に重要で人気の部屋? はて……」


 ユズリハさんがぼくを見るが、そんなのぼくだって分からない。


「そちらの部屋はあまりに人気で、いつも来場者で溢れていますからな。なので特別に、皆様には関係者用の足場用通路からご覧いただきましょう」

「助かる」


 まあユズリハさんは超有名人だし、観光客の誰かにでもバレたら大変だしね。

 そして館長さんに先導されて細い階段を上り、ぼくたちの目に映ったものは。


 ……どこからどう見ても、トーコさんの部屋だった。


「ええ……?」

「ご覧ください、これはある恐ろしい事件の現場を再現しておるのです」


 そう言われて目を凝らすと、トーコさんを模したらしき人形が後ろ手に縛られて。

 そしてトーコさんの前には、うっすらと見覚えが有るよーな無いよーな老人がいて。


 そして老人に殴りかかる、全身をスライム的なモノで覆われた、泥色のナニカがいた。

 はてこれは一体──?


「これぞ兄様王ターレンキングがトーコ王女を助けた、感動の再現シーンですな」

「あの全身茶色のスライムで覆われた不気味な物体はなに!?」

「それは当然、伝説の救出劇において宰相の目を欺くために、自らを下水道へ身を投げた兄様王ターレンキングのお姿ですな」

「言い方が凄くおかしい!?」


 それ以前に事実も改竄されてるし。

 ぼくはこんなに泥水塗れじゃなかったはずだし、それ以前にぼくが部屋に入ったときにトーコさんはもう無事ではなかった。


「むう……」


 ぼくがしょっぱい顔をしていると、ユズリハさんが目を細めて言った。


「しかし館長。この再現シーン、なかなか脚色されているようだな」


 まあユズリハさんもそう思うよね。

 ぼくがやったことは、結果はともかく、ちっとも英雄的なコトじゃなかった。

 きっとそのことを指摘するのだろう。

 そして公爵令嬢かつ伝説の女騎士であるユズリハには、館長も耳を傾けざるを得ない。


「……はて、どのような部分がでしょう?」

「トーコの部屋の本棚は、もっと乙女チックな小説で溢れているはずだ」

「そっちですか!?」

「キミ、そっちとは何のことだ? ……ああ、トーコの服装がドレスなことか。たしかにトーコの普段着は太もも剥き出しのホットパンツスタイルだからな」

「いえそういうことではなく」

「ですがユズリハさん。トーコさんの普段着は歩くサキュバスも同然ですし、修正入りもやむを得ないのでは。ツバキさんはどう思います?」

「スズハに全面賛成なのだ。トーコのムチムチ太ももまでリアルに再現したら、観光中のオコサマたちが性の悦びに目覚めて、危険が危険が大ピンチなのだ」

「うにゅー!」


 ……トーコさん、自分のいないところで散々な言われようだった。合掌。

 あと、最後のうにゅ子以外は、絶対他人のこと言えないスタイルだと思うんだけど。

 

 ──まあ、そんなこんなで。

 王都見物からサクラギ邸に帰った時には、ぼくだけえらく疲れていたのだった。

 なんとなく納得がいかない気がするのはぼくだけか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る