第151話 うにゅ子の正体

 長老がエルフの里を案内してやるというので、大人しく後についていった。

 人間がいきなり襲ってくるとか考えないのかなとも思ったけど、ぼくから余計なことを言うのもアレなので黙っておく。


 案内されたエルフの村は、なんというか、ぼくが子供のころ住んでいた村みたいな感じ。

 エルフの数は数十人くらいだろうか。

 みんな表面上は愛想が良く、でもどこか疲れた顔をしていた。

 高性能な魔道具で画期的な生活向上が図られてるとか、そういう感じは微塵もない。


 ぼくの考えていたことが伝わったのだろうか。

 エルフの里を一周した後に、長老が苦笑いしながらぼくに言った。


「この村はな、死にゆく村なんじゃよ」

「それは、どういう……?」

「エルフはな、圧倒的な魔力を有して魔道具だって素晴らしい物を作る。それは事実じゃ。しかしそれには代償があってな」

「代償ですか?」

「エルフはな、オリハルコンが無ければ生きていけないんじゃよ」


 長老がぼくたちに説明する。

 なんでもオリハルコンには、特別な魔力が宿っているのだとか。

 そしてエルフは、それを摂取することで本来の力を発揮する。

 なのでオリハルコンが枯渇した今となっては、自分たちエルフは緩やかに衰退していき、そして滅ぶのを待つだけなのだと。


「えっと、つまりこれがあれば大丈夫だと?」


 懐からオリハルコンの原石を取り出して長老に見せる。


「はは、何をバカなことを言って……なんじゃこりゃあ────────ッッ!!」


 驚愕に目を見開く長老に、この前ぼくの領地でオリハルコンの鉱脈が見つかったのだと説明すると。


「そ、そそそ、そんなことがあり得るのか!? オリハルコンは特別な条件を満たさぬ限り生成しないはずじゃ、お主ウソを付いとらんか!?」

「じゃあこの鉱石はいらないと」

「すみませんですじゃ。生意気を言いましたのじゃ。ワシが全面的に悪かったのですじゃ。なのでぜひ、そのオリハルコンを譲って欲しいですのじゃ。一生のお願いなのですじゃ」


 即座に長老に泣きながら土下座されてしまったぼくは。

 大慌てで、オリハルコンを押しつけたのだった。


 ****


 その夜、エルフの里では祭りが開催された。

 長老はぼくたちを歓迎するための祭りだと言っていたが、本当に歓迎されたのは恐らくオリハルコンだろう。

 別にいいけどね。

 祭りをするのはおよそ六百年ぶりとのことで、エルフの皆さんは楽しそうだった。


 余所のエルフと勘違いされたスズハやユズリハさんたちも、そのままエルフの輪の中に入って祭りを楽しんでいるようだ。

 そしてぼくは、なぜか長老とサシで呑んでいた。


「本当にありがとうじゃよ。ヌシは、エルフの里の救世主じゃ」

「いえいえそんな。他にもエルフの里ってあるんですかね?」


 もしあるのなら、ここと同じようにオリハルコンを分けてあげたいと思って聞くと。


「さて……そんなものがあるのかの?」

「分かりませんか」

「交流もないし、そもそもエルフは数が極めて少ないからの。それにもしあったとしても、みんな全滅してるんじゃないかの」

「そうですか……」


 長老の話によると、昔は本当にエルフ狩りの人間が多かったのだとか。

 それでいい加減相手をするのが面倒になった長老が、里の入口をあんなところに付け替えたのだと。

 それにしては最初から友好的な態度だったと思ったけど、どうやら人間たちに何百年も訪問されなくなると、それはそれで寂しかったらしい。


 それにその話だと、ここの他にエルフの里が残っている望みは薄そうだ。

 もしもエルフの里が他にあるのなら、目撃情報くらいはあるだろうから。


「しかしおぬしら、よく里の場所が分かったの」

「ああ、それはこの宝玉のおかげです」


 宝玉を懐から取り出して渡すと、長老は目を細めてなで回した。


「おうおう、こんなものが残っていたかの」

「この宝玉のことをご存じですか?」

「ご存じも何も。これは、この里にいたハイエルフ様が作ったものじゃよ」

「へえ」

「元はな、この宝玉は──彷徨える白髪吸血鬼を封じるために作られたものじゃ」


 息が止まった。

 突然出てきた、彷徨える白髪吸血鬼というパワーワード。


「……その話、詳しく聞かせていただいても?」


 内心の動揺を抑えつつ聞くと、長老は鷹揚に頷いた。


「おうよ。といってももう何千年も前、ワシがまだ小童のころじゃあ──当時、この里のエルフを纏める偉いハイエルフ様がおっての。それはもう、ワシら普通のエルフなどとは魔力も知識も大違いじゃった」

「はい……」

「当時、エルフを悩ませておったのが彷徨える白髪吸血鬼じゃ。こいつはオリハルコンを喰らって成長する、とんでもない吸血鬼での。退治をしようとしたエルフもいたが次々と返り討ちに遭っての、とうとうオリハルコンの鉱脈はほぼほぼ尽きてしもうた。そこで、最後の決戦に挑んだのがこの里のハイエルフ様なんじゃよ。この宝玉は、その時に持って行かれた魔封じの道具の一つじゃな」

「その戦いは……どうなったんですか?」

「相打ちになったと聞いておる。それ以降彷徨える白髪吸血鬼がエルフの里を襲うことは無くなったが、ハイエルフ様は帰ってこなかった」

「……」

「結局それから新たなオリハルコンの鉱脈は一つも見つからないまま、エルフは緩やかに衰退しようとしておった。おぬしが来なければ、この里も早晩消えて無くなっておった。本当に助かったぞ」

「いえ、それは気にしなくていいんですが」


 ぼくの中で一つの可能性が浮かんだ。

 つまりそうすると、そのハイエルフの行く先は──


「長老、ちょっとこの子を見て貰えませんか?」


 ぼくの頭の上に乗っていたうにゅ子を降ろす。


「ほら、うにゅ子。起きて」

「うにゅ……?」


 おねむなうにゅ子の目を覚まさせて、フードを取ると。

 長老の目の色が変わった。


「あ、あなたは様はッッ────!?」


 長老がそのまま後ろに跳びすさって、勢いよく平伏する。

 この反応。つまりもう、間違いなく。


「うにゅ子はハイエルフだったんだね」

「……うにゅー……?」


 うにゅ子が不思議そうに首を傾げている。よく分かっていないらしい。

 そうして、ぼくがふと気づいたときには。


 長老の後ろに、数十人いる里のエルフが一人残らず、揃って綺麗に平伏していた。

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