第212話 ホワイトアウト
白銀のダンジョンが、普通のダンジョンと大きく異なることは二つある。
一つは、下に降っていくのではなく、上に登っていくこと。
もう一つは、ダンジョン内でも猛吹雪が吹いていることだ──
****
「……なんだろうね、これは」
ダンジョンの入口を抜けたところで、思わず立ち尽くしてしまった。
その勢いは、ここに来るまでに遭遇した暴風雪が生暖かく感じるほどの激しさで。
「なんでダンジョンの中なのに吹雪いてるんですかね、ユズリハさん?」
「そうだな……これは推測だが、長年降り積もった積雪がダンジョンの魔力とアレして、その結果ダンジョン内でも吹雪くようになったのではないか」
「さすがユズリハさんは賢いですね」
「えへへ」
まんざらでもないという顔で照れ笑いを浮かべるユズリハさん。可愛い。
具体的な説明になってないことを除けば完璧、ていうかアレってなにさ。
「兄さん、前が全然見えませんね……?」
「うーん」
いわゆるホワイトアウトと呼ばれる現象だ。
こうなると真っ直ぐ進んでいるつもりでも、いつのまにか円を描くように同じ場所へと戻ってしまったりする。
どうしたものかと考えていると、ツバキがこんなことを言い出した。
「東の大陸に『心眼』と呼ばれる技術があるのだ」
「ほほう」
「心眼とはつまり、目を閉じているのにモノがはっきり見える、そういう技術なのだ」
なるほどね。
確かにその心眼とやらを使えば、このゼロ視界の状況でも迷わずに済むに違いない。
「とはいえそんなのは、伝説の武術の達人だとか仙人だとかが使えるって噂があるだけで、実際には無理に決まってるのだ──」
ツバキの講釈が続いているようだけど、ぼくは沈思黙考して、その原理を考える。
視界に頼らないということは、別の感覚から情報を拾っているのだろう。
例えばそう、魔力。
魔力をアンテナのように薄くのばして周囲に放出し、僅かな魔力の起伏を拾うとか。
えっと、これを、こんな感じに──
「まあお伽噺の類いなのだ……っておぬし、どうしたのだ?」
「──出来た」
「突然なに言ってるのだ!?」
「いやー、さすが東の大陸の知恵は凄いねえ。こんな方法があるなんて。うんうん」
「おぬしがなにを感心してるのか完全に理解不能なのだ……でもそれが、まるっとするっと完全に的外れなことなことだけは、はっきり分かるのだ……!」
「なにそれ酷い!?」
とはいえそれでも、面倒すぎるダンジョンには違いない。
こんな厄介なダンジョン、とっとと用事を済ませておさらばしたいなあ……
そんなことを思いつつ、猛吹雪の中へ足を踏み出すぼくなのだった。
****
およそ半日後、ぼくたちは完全に手のひらを返していた。
それはもうドリルのようにくるくると。
「こんな素敵すぎるダンジョンが、この世にあるなんて……!」
「まったくですね、兄さん!」
「うにゅー!」
何が最高かって魔獣ですよ魔獣。
スノーラビットだのスノーウルフだのスノーベアだの。
もう、ありとあらゆる美味しい魔獣のオンパレードなのだ。
大猟にもほどがあるくらい獲物を狩ったぼくたちは、ありあまる雪でかまくらを作り、その中で獲物の肉を炙っていた。
「もういっそこのまま、このダンジョンに住んでしまいたい……!」
「なっ、キミはなにを言ってるんだ!? キミはわたしと一緒に公爵家を継ぐ未来がっ……いや、キミがどうしてもと言うならば、駆け落ちもやぶさかではないが!」
なぜか慌てたユズリハさんが意味不明なことを言いだしたけれど、それはさておき。
「でもこんなに美味しい狩り場なら、もっと有名でもいいはずなのに……」
そんな疑問を漏らすと、ツバキが呆れ声で。
「そんなの、おぬしがいなければ成り立たない狩りだからなのだ」
「そうかなぁ?」
「そもそも、このダンジョンにいる魔獣はかなり強い……のは、スズハやユズリハくらい強ければなんとかなるとしても、魔物から漏れ出る微弱な魔力を感知して獲物を探すとか、普通に考えて頭がアレなのだ。常識外れもいいとこなのだ」
「いやあ、そこまで褒めて貰うと照れるなあ」
「一ミリも褒めてないのだ!?」
なんでさ。
ぼくの編み出した画期的な狩猟法に、感動したんじゃなかったのかな?
「まあ、兄さん以外には不可能な狩猟法というのは間違いないですね」
「スズハ」
「ですが言い換えれば、兄さんさえいれば問題ないということです。どうでしょう兄さん、いっそ煩わしい辺境伯稼業などから足抜けして、兄妹二人ここで暮らすというのも……」
「ば、ばかをゆーなっ! スズハくんの兄上がこんなダンジョンで生涯を終えるだなどと、許されざる世界の損失だぞ!」
「それはいくらなんでも大げさすぎかと……うん、お肉焼けましたよ」
『わあぃ』
そしてまた、狂乱の肉のカーニバルが始まるのだった。
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