第135話 大人数だとわたしがキミの背中を護れない

 トーコさんが到着するまでの数日間。

 ぼくたちはユズリハさんに頼まれて、公爵家の私兵の訓練を手伝うことにした。


「ですがユズリハさん一人で、私兵の訓練をするには十分すぎるのでは?」


 なにしろユズリハさんは、殺戮の戦女神キリング・ゴッデスの渾名で大陸中に勇名を轟かせた女騎士。

 ぼくなんかが手伝える余地なんて無さそうに思えるけれど。

「なにをゆー。それは違う、全くの見当違いだぞキミ」

「はあ」

「わたしだけでは、一人対多数の訓練しかできない。しかしそこにキミが加わることで、強敵が二人いた場合の訓練ができるじゃないか。これは大きな違いだぞ」

「そう言われれば確かに」


 いくらユズリハさんが強くても、一人では敵に挟み撃ちされたり、一人を攻撃する間にもう一方の敵が貴人を誘拐したりする場面が再現できないわけか。

 盗賊やモンスターの殲滅などとは違い、護衛などを含めた様々なケースを想定すれば、たしかにユズリハさん一人では限度がある。


「というわけだからキミ、訓練では常にわたしとコンビを組んでくれ。それが効率の上で最善だからな」

「はい」


 ぼくが頷くと、ユズリハさんが大輪がほころぶように破顔した。

 ユズリハさんは本当に訓練が大好きなんだなと感心する。まさに女騎士の鏡。


「そうだ。スズハとカナデも呼びましょう」

「ちょっと待てキミ。なぜそうなる?」

「ユズリハさんの話ですと、人数ができるだけいた方が訓練のできるシチュエーションも増えますから。スズハとカナデなら実力的にも問題ないですし」

「……いや、今回は止めておこう」


 ユズリハさんが首を横に振る。なぜだろう?

 どうせ二人とも暇だし、いいアイデアだと思ったのに。


「問題がありますか?」

「えっと、つまりだな。二人を訓練に参加させるのは決して悪くないんだが、大人数だとわたしがキミの背中を護れない──とかじゃなくて、わたしとキミのコンビネーションを練習する時間が無くなるし──でもなくてほらアレだアレ、わたしたちだけでも強いのにスズハくんなんかが入ったら、強すぎて収集がつかなくなるだろう?」

「はあ」


 スズハが一人入っただけでも強すぎるなんて、公爵家の私兵はかなり弱いみたいだ。

 ぼくが聞いた話だと、王家の近衛騎士団に匹敵する強さだと聞いていたのに。

 噂なんて当てにならないものらしい。

 スズハは手加減もあまり上手くないし、そういうことなら二人の方がいいだろう。納得。


「なるほど。了解です」

「そうか分かってくれたか。──念のために言っておくが、決してわたしがキミと二人で戦いたいとか、キミの背中を護る権利を独り占めしたいとか、一日の訓練が終わった後にわたしだけがキミに『お疲れ様』と言われながら優しく抱きしめられたいとか、その上で訓練疲れを癒やすマッサージを念入りにほどこして欲しいとか──そういうことは一ミリも考えていないから誤解しないように」

「もちろんです」

「しかし、キミが自主的にやってくれるのなら、やぶさかでもない」


 ユズリハさんのぼくを見る目がきらんと光る。

 どういうことだろう。

 少しだけ考えた後、ぼくはまあ違うだろうなと思いながらも答えた。


「……つまり、ぼくは訓練の後にユズリハさんを抱きしめて、その後にマッサージすればいいとか……?」

「そ、そうかっ!? いやわたしが強制する話ではないんだが、キミがそうしてくれるならわたしもキミの好意を、喜んで受け入れようじゃないか!」


 ユズリハさんが飛び跳ねんばかりに喜んでくれた。

 正解だったみたいだ。マジか。


 ──ぼくが観察するに、ユズリハさんは今みたいな遠回しの言い方をする時がある。 

 一見ツンデレにしか聞こえないけれど、ユズリハさん限ってそんなことはないだろう。

 きっと深遠な暗喩に満ちた、上位貴族特有の言い回しに違いない。

 ぶぶ漬け食べますかと言われて、本当に食べた事のあるぼくやスズハとは違うのだ。


 ****


 実際の訓練の方は、まあ拍子抜けだった。

 訓練初日、開始の合図とともに訓練場にいた私兵が一人残らずユズリハさんを無視してぼくへと襲いかかってきたのだけれど。


「えええ……弱っ」


 思わずそんな感想を漏らしてしまうほど、公爵家の私兵はまあ弱かった。

 これじゃ一人どころか全員いたって、魔獣の一体も倒すのは難しいというほど。

 いや全員ならさすがに斃せるだろうけど、この弱さじゃ何人か死んでもおかしくない。

 それほどにみんな揃って弱すぎた。

 もはや訓練どころの話じゃない。


「ううん。どういうことだろう……?」


 公爵家の使用人は文官やメイドさんはあんなに優秀なのに、どうして私兵だけここまでよわよわなのか。

 もはや謎しかない。


「……いやそれは、キミがあまりに強すぎるだけだが……?」

「ユズリハさん、何か言いました?」

「なんでもない。さあキミ、みんなにキミの強さを見せつけてあの連中を心酔させてやれ。そうすれば、キミが公爵家に婿入りするときの反対勢力が一つ消えるからな──!」


 ユズリハさんが何事か言っていたれど、訓練場に響く戦いの音のせいで、ぼくにはよく聞こえなかった。


 そうして訓練を始めてから、トーコさんが到着するまでの間。

 なぜかユズリハさんの機嫌は、右肩上がりに急上昇していって。

 なぜかスズハの機嫌は、反比例するように急下降していったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る