第9話 身体の芯までマッサージ

 最近、スズハの帰宅が遅くなった。

 王立最強騎士女学園の生徒会役員に就任したからだ。

 なんでも一年生、しかも平民からの生徒会役員就任など前代未聞のことなのだとか。我が妹ながら誇らしい。

 それはそれでいいのだけれど。


「ただいま帰りました、兄さん」

「お帰りスズハ。今日の晩ご飯はメザシと豚しゃぶと焼きちくわだよ」

「「わあぃ」」

「……ユズリハさんも、よろしければ一緒にどうぞ」

「ふむ、そうか? では悪いが、ご相伴にあずかろうかな」


 いやユズリハさん、スズハと一緒に「わあぃ」って言ってたじゃん。

 などとお貴族様にツッコミを入れるわけにもいかず、曖昧な笑顔を浮かべて誤魔化した。


「ていうかユズリハさん、メザシなんて食べたことあるんですか?」

「我が家では無いな。だがスズハくんの家のご飯はなんでも美味しい、いつも楽しみだ。すまんな」

「いえいえ、毎日スズハがお世話になっていますからね」


 さて、なんでユズリハさんが最近いつも我が家にやってくるのかという話だけれど、二人の話を聞くとどうやらこんな流れみたいだ。


 1.スズハの生徒会役員就任に伴い、生徒会長であるユズリハさんは毎日放課後、熱心に役員業務を指導してくれているらしい。

 2.生徒会業務が終わると、これまたスズハをユズリハさんが実戦形式──つまり本気の殴り合いによって熱血指導してくれる。

 3.そうしてボロボロに疲れ果てたスズハを、そのまま帰宅させては暴漢に襲われても反撃できない、ということでユズリハさんが家まで送り届けてくれるのだった。


 ……いや。前二つはともかく、最後の家まで付き添いは不要だと思うのだけど。

 スズハならどんなにボロボロの状態でも、暴漢とか一般兵に囲まれる程度ならば返り討ちにできると思う。


「いいかいスズハくんの兄上、家まで送り届けるのは間違いなく必要なんだぞ?」

「そうでしょうか?」

「スズハくんが普段なら手加減できる相手でも、ボロボロに疲れていてはロクに手加減もできないだろうからね」

「……ああ……そっちですか……」

「襲ってきた暴漢を文字通り皆殺しにして、警備兵に事情を延々と聞かれるのはとても面倒だぞ? ああそうさ、とても面倒なんだ……」


 遠い目をするユズリハさん。

 どうやらイヤなことを思い出したようだ。ていうか間違いなく経験者だよね?

 ユズリハさん、プチッとヤっちゃったことあるよね?

 まあユズリハさんなら痴漢とか暴漢のみならず、暗殺者とかに狙われておかしくないし。仕方ない……のかな?


 ****


 庶民丸出しの夕食であるメザシを、ユズリハさんは美味い美味いと言いながら平らげた。なんならおかわりもした。

 問題なのはその後で。

 ぼくがスズハに施すマッサージを、ユズリハさんが食い入るように見つめてきたのだ。


「じーっ……」

「……あの……」

「じーっ……」

「……ユズリハさん……?」


 正直、そんなに見つめられるとやりにくくって仕方がない。

 見栄えが悪いのは重々承知している。

 なにしろインナーマッスルまで完璧に揉みほぐすため、お尻アナルの穴にまで指を突っ込んでいるように見えるのだ。正確にはちょっと違うのだけれど。


「……え、えっと……なにか仰りたいことでも……?」

「そ、そんなことはない! そんなことはないぞ! わたしは全然、自分もスズハくんの兄上に、身体の芯までマッサージして欲しいなんて、そんなことは一ミリたりとも思ってないからな!?」

「そ、そうですか……」


 ならばそんなに、悔しそうな目で見つめないでいただきたいのですが。

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