第10話 嫁入り前の娘さんじゃないですか

 実は前回、ユズリハさんが家に来たとき、彼女はぼくのマッサージを受けている。


 というのも、今日と同じようにぼくのスズハへのマッサージをあんまり熱心に見られたので、苦し紛れに「ユズリハさんも受けてみますか?」とか言ってしまったところ、食い気味に「そ、そうか!? じゃあものは試しというし、よろしく頼む!」などと言われてしまったのだ。

 けれど。

 マッサージが終わった後、なんとなく不服というか不完全燃焼みたいな顔をしていたので、ぼくのマッサージはお気に召さなかったはずだけれど──


「…………やはり違う」

「え?」

「スズハくんの兄上が、スズハくんにするマッサージは、わたしにしたマッサージと全然違う。一体どういうことなんだ?」

「そりゃ当然ですよ。こんな身体の芯まで揉みほぐす際どいマッサージを兄妹でもない、ましてや大貴族のユズリハさんにできるはずがないでしょう?」

「そんなのずるい。貴族差別じゃないか」


 なにを言ってるんだこの公爵家直系長姫は。


「いやいやいや、もしもスズハと同じマッサージをしたとして、お父様にバレたら無礼討ちじゃ済まないですよ? ぼくもスズハも打ち首獄門ですよ?」

「父上なら絶対に大丈夫だ。それ以外でも、どんな罪にも絶対に問わない。わたしの全てをかけて保証する」

「ていうかそれ以前に一般常識としてアウトです。嫁入り前の娘さんじゃないですか」

「もし未来の夫との初夜前にキミがわたしの尻の穴を犯したとして、その程度の些細なことを問題にするようなケツの穴の小さいヤツは、わたしを嫁にする度量に欠けている。そんな男はこちらからお断りだな」

「世間的にはユズリハさんの方が超アウトですからね?」

「くっ。ああ言えばこう言う……」


 なぜか悔しそうに歯噛みするユズリハさん。

 どう収拾付ければいいのか分からず困っていると、ぼくのマッサージの止まった手の下で、スズハが小さく声を漏らした。


「ひょっとしたら、ユズリハさんも──ただ純粋に、強くなりたいだけなのかも知れませんね」

「──ああ、なるほど」

「兄さんのマッサージは、確かにこの世界のどんなマッサージとも違う独自のものです。ならば一度だけそれを体験して、あとは大貴族の力で研究したい、ということなのかもしれません」

「そうか、そういうことか……」


 さすがぼくの自慢の妹だ。

 たしかにユズリハさんがそこまで拘るのは、おそらく強さへの執念からで。

 それにユズリハさん自身が、どんな罪にも絶対に問わないとまで言い切っている。

 ならば、ここでぼくがマッサージをしてヒントを与えられれば、スズハが世話になっている事への恩返しとなるのかも──


「え、えっと。ユズリハさん、それなら一度やってみますか?」

「うむっ!?」

「スズハと同じ、身体の芯、インナーマッスルまで完璧にほぐすマッサージです。もちろん内容が内容ですし、万一バレればユズリハさんはお嫁に行けない可能性も十分ありますから、無理にとはいいませんが──」


 ユズリハさんの反応は劇的だった。

 今まで泣きそうなくらい悔しそうな顔だったのが瞬間、ぱあっと満面の笑顔が浮かび、慌ててクールフェイスを装った。

 貴族は感情を表に出しては舐められる、とでも思ったのかもしれない。

 それでも唇の端がニヨニヨ動いてるのは止められてないけど。

 とても大貴族の娘とは思えない。


「そそそそうかっ!? いやそうか、キミがそんなにマッサージしたいというなら仕方ないなっ!」

「いやぼくとしては、どちらかというと大反対で──」

「いやいやいやっ、それ以上は言わないでいいっ! まあわたしも貴族の義務ノブレス・オブリージュとして、庶民のマッサージというものを知っておく必要があるからな!」

「ええっと……?」

「ああキミ、わたしが貴族だから手心を加えようなんて絶対に考えるなよ? スズハくんと全く同じ、手加減抜きの全身全霊のヤツをお願いする!」

「……まあいいですけど」


 その後すぐに服を脱ぎ捨て、パンツ一枚の姿でベッドに横たわったユズリハさんに、ぼくはお望み通りの全力マッサージを施した。

 ちなみにぼくのマッサージ、慣れるまでは結構痛いんだけど、言われたとおり遠慮せずぶちかましてやった。

 ユズリハさんは陸に釣り上げられた魚みたいに、ビクンビクンと盛大に跳ねまくっていた。


 ちなみに、今日のユズリハさんの下着は黒だった。

 スズハがやたらと感心した顔で「こ、これが貴族のエロスを醸す上級下着なのですね……!」とか言いながら頷いてたので、兄としては少し心配。

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