第71話 女大公の悲劇(ウエンタス女大公視点)

 軍事大臣のもたらした一報を、アヤノはすぐに理解することができなかった。


「……え? ローエングリン辺境伯領の占領都市の司令官たちが、まるごと居なくなった……!? それは一体どういうことですか!?」

「それが、なんと申しますか……わずか数日の間に、各都市の司令官のみが、まるで雲隠れしたかのように居なくなったという報告しか……!」

「大臣! その情報、裏付けは取れているのですか!?」

「現在、最速で確認している最中であります……!」


 ひたすら平伏する大臣を意識の端に押しのけて、アヤノは必死で頭を回転させる。


 ──正直、都市司令部の一つや二つが破壊されるところまでは想定していた。

 なにしろ敵国には殺戮の戦女神キリング・ゴッデスがいるのだから。

 しかしこちらの軍の抵抗は、あちら側が想定しているより遙かに苛烈で厄介なもののはずだ。

 なぜならばこちら側はローエングリン辺境伯領の価値を知り、あちら側は分かっていない。

 そして司令官は、自分が負ければローエングリン辺境伯領での権益が何一つ回ってこないことを理解している貴族ども。いわば敗北は死と同義だ。

 たとえ私財をなげうってでも、死ぬ気で勝とうとするに決まっている。


 さらには敵国の殺戮の戦女神キリング・ゴッデスは情に厚い、貴族的な言い方をすれば点があることもアヤノは知っていた。

 敵兵を皆殺しにすることはできても、自領の市民を巻き込んで見境なく殺しまくれるタイプではない。

 ゆえに都市が二つや三つ奪い返されたところで、あまりの被害の大きさに、それ以上は反撃を断念するはず──というのが、ウエンタス女大公としての読みだったのだ。しかし。


(もしもそこまで理解していた敵国側が、司令官だけを狙い撃ちにしたのだとしたら──!?)


 顔を青ざめさせるアヤノの元に、さらなる凶報が舞い込んだ。

 今度は外務大臣が、転がるような勢いで駆け込んできてこう告げたのだ。


「大公様! 新しいローエングリン辺境伯を名乗る者から、こんな書状が!」


 ビンビンに嫌な予感がするアヤノが、ためらいつつも書状を受け取る。

 予感は最悪の形で当たった。

 そこには、行方を消した司令官全員の身柄が、新しいローエングリン辺境伯によって確保されたこと。

 そして辺境伯領からの撤退と引き換えに、司令官たちを無傷で引き渡すことが明記されていたのだ。


「こ、これは……!」

「いかがいたしましょう、大公様?」

「……見なかったふりは、できませんよね……?」

「間違いなく不可能でしょうな……」


 外務大臣の言葉に、がっくり肩を落とすアヤノ。

 なにしろ拉致された司令官たちは、揃いも揃って有力貴族の当主や跡継ぎばかりなわけで。

 殺されてしまったならまだしも、こちらから見殺しにするにはできない。

 いや、これが一人や二人ならまだ見殺しにできるのだろうが、今回は余りにも数が多すぎる。

 なにしろ有力貴族のほとんどを敵に回すことになるだろうから。


「こんなことなら、司令官を皆殺しにされるほうが余程マシですな……」


 外務大臣の冷淡にも聞こえる言葉に、アヤノは内心同意せざるを得ない。

 身も蓋もない話だが、死んでいたなら権力の継承が起きる。

 けれど囚われの身というのは非常に中途半端で厄介だ。

 これだけの数の当主を死んだことにして権力が継承されたとして、その後に無傷で帰ってきたら、それこそ内戦勃発待ったなしである。


「……大公様、この提案どうされますか……?」

「待って、まだもう少しだけ待ってください!」


 進退窮まったかに見えるアヤノだが、一つだけ希望の光があった。

 それは書状の相手が、新ローエングリン辺境伯だということだ。


 アヤノは新ローエングリン辺境伯のことは以前から調べており、かの殺戮の戦女神キリング・ゴッデス以上の危険人物だと判断して、大臣たちにも十分に警戒するよう促していた。

 そして、その危険人物があのローエングリン領新当主になるという情報を得たときに、独断で暗殺者を送り込んだと首席秘書官から報告を受けたのだ。

 それも確実に暗殺を成功させたうえ、万が一にも事態が露見しないよう、大金を払ってウエンタス公国の暗殺ギルドの中でも最強のエースを投入させたというのだから。


 事後報告を受けた当時は、さすがに暗殺者まで送らなくてもと密かに眉を顰めたものの、今となってはその暗殺成功を祈るしかない。

 新ローエングリン辺境伯さえ斃れてくれれば、一発逆転する目はある……!

 そう必死で念じるアヤノに、さらに追い打ちを掛ける報告が飛び込む。


「大公様っ! 暗殺者ギルドが壊滅しました!」

「ファッ!?」

「ギルドの建物内にはギルド長や幹部を始め、おびただしい数の構成員とみられる惨殺死体が! そしてギルド長の机の上に、書き置きが一枚残されていたとのことです!」


 アヤノが震える手で、残されていたという書き置きを受け取る。

 そこにはいかにも子供っぽい字で、たった一行だけ記されていた。


『ほんとうのご主人様、みつけた。ぐっばい』


「な、ななな、なによこれ──!」

「ふむ……これはギルドの脱退状ですかな? しかし暗殺者ギルドの脱退など、死にでもしない限り認められないはずですが」

「そんなこと分かってますっっ!」


 そう、横から手紙を覗き見した軍事大臣の言う通り、暗殺者ギルドからの脱退など普通では考えられない。

 もしそれをしようとするなら、追っ手が掛かり殺される。それが常識だ。

 それが嫌なら、それこそ元いたギルドの構成員を皆殺しにでもするしかない……!


「大公様あっ!」

「ああもう今度はなんですかっ!?」

「アマゾネスの使者がやって来て、我が国に最後通牒文を突きつけました! 内容は『ローエングリン辺境伯領をこのまま占領し続けるのなら、アマゾネス一族との宣戦布告と同義とみなす』とのことです!」

「なんでそうなるのよっっ!?」

「最後通牒文によれば、『新しいローエングリン辺境伯は、オーガの大樹海において大量発生した変種のオーガどもを殲滅し、アマゾネス一族のみならず大陸を救った兄様ターレンにして命の恩人である。──かの大英雄なくして現在の国家体制など存続し得なかったにもかかわらず、その恩を忘れ、あまつさえ兄様ターレンの領地をのうのうと占領し続ける厚顔無恥な蛮族どもを、我々はもはや話し合いのできる相手ではなく、徹底的に叩き潰すべき害虫として見なすほかない』と!」

「なによそれえっっ────!?」


 なんでこんなことになったの、とアヤノは心の中で号泣しながら繰り返した。

 ──その理由は極めて単純。

 結果的にではあるものの、そしてそれはアヤノの意図では全くないものの。

 絶対にケンカを売ってはいけない相手に、ケンカを売ってしまったということである。


 長年の宿願だったローエングリン辺境伯領の奪取がなされた後に、隣国のトーコ新女王がローエングリン辺境伯家を新しくすげ替えてしまったことがすべての元凶。

 全てをひっくり返しうる唯一の策、まさに起死回生の一打をトーコに打たれてしまったのだ。


 アヤノがウエンタス女大公としてすべきは、迅速にトーコと和平条約を結び、ローエングリン辺境伯領をたとえ一部でも割譲させることだった。

 そうすればそもそも、新しいローエングリン辺境伯が誕生することもなかったはずだ。


 殺戮の戦女神キリング・ゴッデスなど比較にならないの登場など想定できるはずもなく、ローエングリン辺境伯領全土の支配を狙ってゆるい戦争状態を継続したあげく全てを失うことになったアヤノを無能大公と罵るのは、さすがに酷というものだろう。


 それらの事情をアヤノが知って愕然とするのは、もう少しだけ後のこと……






****************

というわけでストックはここまでです。

次章、「内政チートにマヨネーズはいらない。代わりにチョロインゴリラとツインテジジイ、男装変装女大公がいればいい」にご期待ください!


(時期未定:内容は超大幅に変更になる場合があります)



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