第126話 見た目はただのとっぽい兄ちゃんだからな。見た目だけは(ユズリハ視点)

「もう一つは盗賊団か。こちらはもっと簡単だな」

「なぜでしょうか?」

「なにしろスズハくんの兄上に、知名度がまるで無い」


 なにしろスズハの兄は、大陸貴族において名前こそ轟いているが顔のほうはまだまだ。

 それが庶民になると、名前すらほぼ知られていない。


 そして盗賊団を討伐するときに一番厄介なのが、こちらの戦力を見て隠れたり逃げたり籠城したりすることである。

 盗賊団が小さかったり大きかったりすればまだマシで、最悪なのはずる賢いリーダーの指揮下にある数十人規模の盗賊団。


 この規模だと要所に見張りも立てられるし、陽動作戦を実行するだけの人数もいるし、アジトに籠城しても十分な食料が確保できるし、いざとなればアジトを捨てて裏の方から逃げるのも容易だしで、とにかく殲滅するのが難しいのだ。

 殲滅しようと公爵軍を送れば、大軍を見てとっとと逃げだし。

 ならばとユズリハを送り込んでも、一瞬で顔バレして即座に逃げ出し。


「──だがスズハくんの兄上なら、見た目はただのとっぽい兄ちゃんだからな。見た目だけは」

「しかもその横にスズハ殿がいたら──」

「あれほどの美貌とスタイルだ。貴族に売り飛ばせば、安くても盗賊団全員が一生遊んで暮らせる金か、ヘタすれば小国すら買える金が入るかもな。さらおうとするに決まってる。ついでにロリ巨乳美少女メイドもいれば倍率ドンだ」

「さらに倍ですからな……ですが辺境伯が居る限り、決して攫うことなどできないと」

「まあスズハくん一人でも到底不可能だが」

「つまりどんな盗賊団も、自分からのこのこ出てきてジ・エンドと……」

「そういうことだ」


 頷いてグラスのワインを一口飲んだ。

 喉を湿らせたユズリハは、まだまだ語る気まんまんだった。


 ****


 そして四時間後。

 とっくに日付が変わって、いかに自分がスズハの兄の背中を護りぬくべき唯一の存在かということを延々と語り続けていたユズリハが、ふと時計を見て手を打った。


「もうこんな時間か。話を戻すぞ」

「そ、そうですか……どこまで戻るのですかな……?」

「セバスチャンのやらかした失敗は、魔獣退治なんていうお手軽な仕事で、スズハくんの兄上に労働させるカードを使ったことだろう」

「そこまで戻るのですか──」

「当然だ。わたしの相棒に仕事をさせるなら、もっと緊急かつ誰にも対処できないような、それでいて放っておけば破滅するような事態を対処させるのが一番だな。スズハくんの兄上以外でできるような仕事をさせるには、あの男の能力はもったいなさ過ぎる」

「そんな非常事態がポンポン起きても困るのですがな……?」

「それにしたって、魔獣退治なんて明確な被害が出ていなければ暇なときにすればいい。だからセバスチャンだって今まで放置していたんだろう。そしてそういうときのために、我々はせっせとスズハくんの兄上に貸しを作り続けるべきなんだ」


 ユズリハが神妙な顔の家裁に向かって指示を出す。


「というわけで、サクラギ公爵家の直系長姫として命じる。──そうだな、スズハくんにドレスでも送っておけ」

「と申しますと……?」

「セバスチャンが八十八箇所も討伐を頼んだから、スズハくんの兄上にまた大きな借りを作ってしまったからな。少しでも公爵家の誠意を見せておけ。スズハくんの兄上に贈り物をしようとしても、食べ物以外は基本的に迷惑がられるからな」

「なるほど、そういうことですか」

「スズハくんも最近また胸が大きくなって、着るものに困っているとこぼしていたからな。きっと喜んでくれるはずだ」

「はて……ですが今のローエングリン辺境伯家なら、ドレスなど何百枚でも簡単に買える財力があるのでは……?」


 ユズリハが分かってないなと肩をすくめて、


「自分で選んだドレスと他人に送られるドレスとでは、大きな違いがあるということだ。少なくともスズハくんにとっては」

「ほう?」

「本当は兄上に披露したいが、自分では恥ずかしくて選べないようなえっちなドレスでも、公爵家から贈られたとなれば言い訳が立つだろう?」

「なるほど……それは道理ですな」

「セバスチャン、言っておくが間違ってもお前の名前など決して出すなよ? あくまでも公爵家御用達の女性デザイナーが偶然えっちなドレスを選んだ、そういう名目で贈るんだ。サクラギ公爵家の男がスズハくんに色目を使おうとしていると思われたら最悪だからな。逆効果もいいところだ」

「その点は承知しております」

「もっともその場合は、そもそもスズハくんが受け取らないだろうが──」


 それからもユズリハによる、スズハの兄の解説やら対応のコツやら伝説の目撃自慢やら今後の抱負やら入り交じった長広舌が続いて。


 ようやく終わった頃には、空が明るくなっていた。


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