妹が女騎士学園に入学したらなぜか救国の英雄になりました。ぼくが。

第86話 とんでもない切り札がこの辺境に潜んでいますから

　うにゅ子の話が一段落して、ぼくは気になっていることを聞いた。

「ところでアヤノさん、なんで書類がそんないっぱいあるの？」

　少なくともぼくがミスリル鉱山に出かける前は、こんな惨状になっていなかったはずだ。すると。

「閣下が留守の間にトーコ女王から、ウエンタス公国との停戦協定の調印式が決まったんです。その準備で大忙しなんですよ」

「停戦協定の調印かあ。どこでやるの？」

「この城です」

「えっ」

　驚いたぼくだけど、少し考えて納得した。

　ローエングリン辺境伯領は両国の国境に面しているから、どちらかの王都でやるよりも穏便だろう。

　それに連れてきたままになっている、元敵軍司令官たち人質のみなさんもいるわけで、停戦となれば一緒に連れ帰ってもらえると助かる。

　そう考えれば、この城でやるのが合理的に思えた。

　でもそれでも不思議なことはある。

「うーん……」

　アヤノさんくらい優秀なら、それくらいの仕事は涼しい顔で処理してしまいそうな気がするのだ。

　なにしろ予想される仕事を先回りして、完璧に下処理を整えてしまうのがチート文官のアヤノさんなのだから。

　そんな疑問は、アヤノさんの次の言葉で氷解した。

「その調印式には、トーコ女王も出席するとのことです。しかもその上に、主要各国からゲストもお招きするとのことでして」

「えっ、トーコさんも来るんだ？　しかも主要各国って」

「普通に当事国同士の全権大使が来て調印するだけなら、よっぽど楽なんですけどね……普通はしませんよ、こんな辺境に各国のゲストを呼びつけるなんて」

「そうだよねえ」

「トーコ女王としては、閣下のお披露目も一緒にやってしまおうという目論見でしょうが」

「ぼくのお披露目ってのはよく分からないけれど、そもそもこんな辺境に呼んだとしても、各国のゲストなんて来ないんじゃ？」

「普通ならば来ないでしょうが、今回は来ます」

「なんでさ？」

「なにしろ閣下は、オーガの異常繁殖から大陸を救った英雄ですから」

「あれはただの偶然なんだけど……？」

「ただの偶然で世界を救ったなら大したものだと思いますが」

　なるほど。そういう見方もあるかもしんない。

「アマゾネス族は一族をあげての参加を熱望してきて、トーコ女王がなんとか代表者のみ参加に食い止めたそうですよ。その様子を伝え聞いた各国も、閣下に一度ご挨拶するべく要人が続々と参加表明したようです」

「ふええ……」

「まあ、ここまではトーコ女王の思惑通りといったところでしょうか」

　なるほど、それでこの山のような書類の束になったわけか。

　それはアヤノさんも大変だったろう。

　なにしろ様々な国の人間が集まるということは、それだけで面倒なわけで。

　その国によっても食べちゃいけないものとかタブーとか風習とかがあったりするから、入念な下調べをしなくちゃいけない。

「トーコ女王も、近々こちらにやって来るそうですよ」

「トーコさんも大変だなあ。ていうか、こっちに来て大丈夫なのかな？」

「いまだ体制の固まっていない時期ですし、普通なら完全アウトですが、今回に限っては大丈夫でしょう。なにしろ政敵は大粛清された上に、とんでもない切り札がこの辺境に潜んでいますから」

「ふむ。たしかにユズリハさんがいたら、怖くてクーデターもできませんよね」

「本当に恐れられているのは間違いなく……まあいいですけど」

　なぜかアヤノさんに、呆れた顔をされたのだった。

　＊＊＊＊

　執務室を出ると、待っていたらしいユズリハさんが話しかけてきた。

「ユズリハさんも入ってくればいいのに」

「そうは思ったんだが、書類の束がチラリと見えたので怖気づいてしまってな……」

　まさか公爵令嬢を立ち話で済ませるわけにもいかないので、応接室にお通しする。

　日頃そんなの気にしてない気もするけど、それはそれ。

　応接室に座るとメイドのカナデがすかさずお茶を入れてくれた。さすがはうちのメイド。

　カナデの頭にうにゅ子が乗っているのは、見なかったことにした。

「それでどうしたんです、ユズリハさん？」

「うむ。トーコがこっちに来る日時なんだが、アヤノの予測より早いはずだ」

「というと？」

「うにゅ子とオリハルコンの件があるから、最速でこちらに来いと手紙で催促した」

「そういうことですか」

「まあ調印式の日程は変わらんだろうが」

　ぼくとしては、トーコさんがこちらに長く滞在する分には万々歳だ。

　ずっと忙しかっただろうし、少しはこっちで骨休めしてもらいたいなあ。