第195話 敵国
「ここへ五人の男が逃げて来たでしょう? どんな報告をしたのかな?」
ユウキは、相手が話し易い様にとニッコリと微笑んで話した。しかし、その落ち着きはらった笑顔が余計に恐怖心を煽った様で、男はカチカチと奥歯を鳴らしてアワアワと言葉にならない声を発するばかりだった。
「しょうがないなぁ、これじゃ落ち着いて話も出来ないや。少し落ち着く時間をあげようか」
ユウキは近くの壁に拡張空間のドアを作り、プロパティを弄って入権限をその男のみとした。つまり、その空間へ男は入る事は出来るが、出る事が出来ないのだ。男の足を元に戻すと、脚に力が戻った事を自覚した男は咄嗟に逃げようとしたのだが、ユウキの馬鹿力で直ぐ様取り押さえ、扉の中へ付き飛ばして閉じ込めた。そして、皆の方へ向き直った。
「えーと、今この空間の中は時間の進む速さが1000倍となっております。つまり、3.6秒で一時間が経過するわけね」
「で、どうするの?」
「空間の中の温度は30℃、湿度は0%」
「死んじゃうよ?」
「もうそろそろいいかな? 中の時間と温度をこちらと同じに戻して、と」
大体1分ちょっと経ったところでユウキは弄ってあったプロパティを外と同じに戻して、ストレージからコップとミネラルウォーターを取り出し、コップに注いで拡張空間の中へ入って行った。
アキラ達が外から見ていると、中で何やら言い合っている。
ユウキが手に持ったコップの水を下に垂らし始めると、男は泣きながら這いつくばり、足元に零れた水を舌を伸ばして舐めようとしていた。それをユウキが足で蹴り、仰向けに転んだ男を軽くもう一度蹴ると、鞠の様に転がって行き、壁に当たって止まった。
ユウキは痛みに蹲る男にコップを差し出し、何かを言っている様だ。
男はうなだれて何かを言っているのだが、空間の外からは声が聞こえない。それは、拡張空間のデフォルトの設定で、外の音は中で聞こえるが、中の音が外に漏れない様に成っているからなのだ。
男が一通り喋ってガックリと肩を落とすと、ユウキはコップの水を男に差し出し、男は涙を流してそれを受け取り、美味そうに飲んだ。
ユウキが歩いて扉から出ると、男も続いて出ようとしたのだが、見えない壁に遮られて出る事が出来なかった。何故ならば、男には外に出る為の権限が与えられていないのだから。
男はその見えない壁を拳でドンドンと二回叩き、絶望した様にその場に崩れ落ちた。
「中で何を話していたの?」
スーザンがユウキに尋ねた。
「連中の目的とここで何をしていたのか、逃げ帰って来た奴等は何を報告して行ったのか」
「軍人ぽいのにベラベラ喋ったんだ」
「うん、軽く二回程蹴ったら喋り出した」
「ラジオ直す時じゃないんだから」
スーザンは呆れた様に言った。
「で? 何か分かったの?」
「うん、大体想像通り、計画がバレて現地人と戦争になった場合の前線基地だった。最新鋭の銃を使った高所から撃ち下ろすアウトレンジ攻撃で、ほぼ負け無しだったらしい」
「負け無しって事は、他でも結構バレたりしてたんだ」
「まあ…… バレるんじゃない?」
戦争経験の有る国なら、他所からの何かの攻撃なのではと気が付く人も居るかも知れない。平和ボケした国だったら自国が攻撃されている事にすら全く気が付かないか、気付くのに相当時間が掛かるかも知れない。そして、気付いた時にはもう遅い。
侵略は、武力による軍事行動からの即植民地化という様な単純なものばかりでは無いのだから。綿密に計画された、数十年の時間を掛けた侵略計画なのかも知れないのだ。
これが人間の国なら、女が居なくなって30年も経てば、新しい世代の生まれなくなったその社会は早晩崩壊するのだろうが、はたして寿命の長いエルフにこのやり方が通用するのだろうか?
「黒エルフの女達の行方は?」
「かなり前に港町まで運ばれた後だって」
「そうか……」
有名なコピペに、『スイスの民間防衛』というのがある。
武力を使用しない侵略を6段階のフェーズに分けて説明している。1次ソースが見当たらないので、多分誰かが考えたフェイクの可能性が高いので、眉毛に唾を付けて読んでみると……
第1段階:工作員を政府中枢へ送り込み、掌握及び洗脳を開始
第2段階:宣伝工作やメディアの掌握による世論操作、大衆の意識誘導
第3段階:教育機関の掌握により、国家意識の破壊
第4段階:平和、人類愛というプロパガンダを利用し、抵抗意思の破壊
第5段階:マスメディア、宣伝広告などを利用し、価値観の刷り込み、自分で考える力を奪う
最終段階:防衛すら悪だと浸透し国民が腑抜けになった時、大量移民開始
概ねこんな感じ。おや? 日本は最終段階の前までを全部クリアしてしまっているではないですか。
おそらくこれは今の日本の現状を憂いた何者かによる創作なのだろうが、2番と5番は殆ど同じ事を言っているので、段階分けする必要があったのかどうかは良く分からない。順不同で、または同時進行で行っても良さそうな気もする。
危険なのは、脳の柔らかい子供の内の学校教育での刷り込みによる意識誘導であって、次代を担う子供にバイアスの掛かった知識を植え付け、深層意識から正常な認識を破壊する。一度破壊されればその子達は自ら自分の考えを正当化する情報のみを収集し始め、やがて周囲の人間も啓蒙しようとし始める。その子達が社会の中心に来る頃には国民全員の洗脳が完成してしまう。
マスメディアや広告、アイドルや芸人なんかに番組中にちょっと言わせてみたりというのは、この教育の成果を定着させ補強する復習みたいなものだ。マスコミが常に正しい事を言う訳では無いという事は肝に銘じておく必要があるだろう。
もう一方で、戦後日本のGHQによる『日本人愚民化計画』もこの手法で概ね成功しちゃってるよね的な話も有るので、陰謀論好きな人は各人でご自由にお調べください。
閑話休題……
黒エルフは白エルフよりも寿命が短いとはいえ、それでも人間の20倍は長生きな訳で、世紀単位の作戦となってしまう。
ひょっとしたら、初めからある程度弱体化させたら軍事侵攻する積りだったのかも知れない。
「その証拠に武器庫にかなりの数の銃と弾薬が用意されているよ」
「原始的なマスケット銃だね。でもこっちの世界では最新鋭のチート武器になるのか」
武器庫の中身を全部スマホのストレージへ仕舞い込んで空っぽにして建物を出た。
次に砦の一番奥に建てられた建物へ入ってみると、中のあまりの臭気にスーザンとアリエルが顔をしかめた。アキラとユウキは即座にバリアが発動して臭いを遮断していたので平然としている。
薄暗い部屋の中を注視すると、ガラス製の大きな水槽の周囲に実験器具の様な道具類、羊皮紙の様な物に
「鼻がもげそう! あなた達は?」
「ここはオロと薬の研究室です。私達はオロの餌にされる為に連れて来られた奴隷です」
スーザンの質問に、集団の真ん中辺りに居た、ボロを纏った女がそう答えて立ち上がり、こちらへ走って来た。
涙目で
「「ええー……」」
アリエルとスーザンはその光景にドン引きだった。
「あー、この女はねー、多分敵側の研究員なんじゃないかな?」
アキラの代わりにユウキがそう説明した。アキラとユウキには、相手が嘘を
奴隷達は皆ボロを来て肌も髪も汚れて垢じみているというのに、彼女だけは髪も顔も綺麗なままだったのだから。ボロは他の奴隷の誰かの着ていた物を奪って着ていたのだろう。顔や髪も多少は汚れてはいたが、自然に汚れたものと今咄嗟に付けた汚れでは違いは一目瞭然だ。
そして、何より決定的だったのは、彼女のハキハキとした説明台詞だった。
転んだ彼女は、手の内側に注射針を隠し持っていた。
きっと、オロの卵を仕込んだ注射針だったのだろう。転んだ拍子にそれを自分に刺してしまった様だった。
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