第120話 バツイチ

 「これ、あなたよね?」

 『うーん、どうかな? 絵だし』

 「これは私達エルフに伝わる歴史書。これによると、今からおよそ二万年程前、エルフの始祖アラミナスは天から舞い降りた神に魔法を授けられた、と有るわ。覚えがあるんじゃない? ローディアンニューマフレイアルストーオールマンニカスさん?」

 『へえ、君の御先祖はボクの名前を比較的正確に覚えていてくれたんだね。実はそこまででまだ三分の一位なんだけどね』


 そこまでを確認すると、サマンサはパタンと本を閉じた。

 彼女は、ロデムは人間ではないと早々に見抜き、探りを入れに来た様だった。


 「私が確認したかったのはそれだけ。魔導書の殆どは破損が酷くて駄目に成っちゃったんだけど、まあ良いわ、始祖に魔法を授けた神様に会えたんですもの。私が新しく完璧な物に書き直す!」

 『ボクもエルフの子孫に会えて嬉しいよ』

 「じゃあ、また来ます。またねー」

 『……』


 「どう思う?」

 「んー…… 単なる好奇心?」


 ユウキとアキラは、一旦日本へ帰ったのだが、スマホのグループ通話で当然今の会話は聞いていた。

 ロデムはスマホ等の通信機器を使わなくても、ロデムクラウドのホストサーバーはロデム自身なので会話は当然筒抜けに成っている。

 友達契約で魂を半分共有している三人は、秘密など有って無い様な物なのだ。

 普段はお互いを尊重する為に敢えて思考を読み合ったりはしていないのだが、意識すれば出来てしまう。

 アキラとユウキには、それをスマホのグループ通話と言う形でツール化して所持している。


 急にロデムがグループ通話を開始したので、優輝とあきらは再びこちらの世界へ戻って来て、ロデム空間の外で二人の会話を聞いていたのだ。


 ユウキ達は、ビベランやミバルお婆さんが森の魔女を紹介するのを躊躇していた事から、ほんの少しだけ警戒して、情報の共有はオンにしていたのだった.

 しかし、彼女には特に悪意が有る訳でも無く、ビベランが何故躊躇していたのかは分からなかった。

 想像するに、ビベランもミバルお婆さんも、魔法を他人に見られるのを極端に嫌っていたので、ただでさえ危なっかしいユウキ達が魔法を覚えたら危険過ぎると考えて、魔女を紹介して良いものかどうかを躊躇っていただけなのかも知れない。

 ユウキ達が軍隊に行って見ようなんて話しているのを聞いてしまったので、止む無く森の魔女を紹介してくれたのだろう。

 

 なので、初めて会った時にアキラは魔女の脳を注意深く観察していたのだが、特に悪意が有るとか嘘をいているという反応は見えなかった。

 二人の第一印象は、非常に純粋で子供の様な好奇心を持った人だなという感想だった。

 ただ、それ故に子供の様な残酷さとか、後先を考えない無謀さとかは有りそうだなという気はした。

 現に、二人に最初の魔法が効かなかった為にムキに成って即死レベルの魔法を撃ってしまって、後からシマッタみたいな顔をしたのをアキラは見逃さなかった。

 後から何かを仕掛けて来る様なサイコパスなのかなと警戒をしてみたのだが、それも杞憂だった様だ。


 「ところでさ、ロデムはそのエルフの始祖さんとはどういう関係だったの?」

 『どういう関係って…… お友達、かな』

 「友達契約はしてたの?」

 『うん、してた。この世界に来てから最初に出会った知的生命体だったんだ』

 「なんかちょっと複雑な気持ちに成るわね」

 「結婚後にバツイチだったのを告白されたみたいな?」

 「子供は居るの? さっき子孫って言ってたけど」

 『ごめんね、黙ってて。もう二万年も前の話で、彼も生涯独身だったので子供も居ないんだ。正確にはボクの子孫という意味では無く、あのエルフの一族の子孫という意味』

 「ううん。謝る必要は無いよ。話してくれてありがとう」


 ユウキとアキラはロデムの前まで歩み寄ると、両側からギュッと抱き着いた。

 ロデムも二人を優しく抱きしめた。


 エルフの始祖は、友達契約の効果なのか他のエルフ達よりも若干長寿だった様で、凡そ五千歳程生きて生涯を終えたそうだ。

 ユウキ達と同じ様にエネルギーの流れを見る事の出来る目とそれを操作出来る能力を貰った彼は、独自の研究の末に様々な魔法を生み出し、それを分かり易い様に簡略化した魔法円を考案し、魔導書を何冊も執筆して仲間のエルフ達に魔法を教えて行った。

 それが現在もエルフ達に代々伝えられ、大事に守られて来たのだ。


 その結果、魔法はエルフのみならず人間や獣人の間にも爆発的に広まった。

 しかし、この魔法円で魔法を実行するのには一つ問題があった。

 本来の性能を発揮しないのだ。


 というのは、魔法円や魔法式と呼ばれるこの図形の本来の姿は、魔力の干渉縞であり、濃淡のグラデーションを含むとても複雑な形をしているからなのだ。

 それを白黒二値化して濃淡情報を捨て、線や記号や文字に置き換えて、所謂いわゆるアスキーアート化した様な物と成り、繊細な細部の形状情報も捨ててしまっている。

 覚え易くは成ったかもしれないが、本来の威力は全く出ない物と成ってしまっているのだ。


 そもそもが、干渉縞は、魔法を使う時に偶々現れるものであって、干渉縞を作る事の方を目的としてしまっては方向性が逆なのではないか?

 歩いたから足跡が残るのであって、足跡を残す為に足を動かしているのでは無い。結果、どちらも体を前へ移動する目的は同じ事だとしても、手段としてはかなり違っていると言わざるを得ない。


 「と、思ったのだけど、予備知識の全く無い魔法ビギナーに魔法を教える方法としては有効かも知れないね」

 「エキスパート以上にはちょっ物足りないかも知れないけど、入り口としては有りと言えば有りなのかもね」


 ロデムと友達契約した、エルフの始祖アラミナスやユウキとアキラ以外にはエネルギーなんて見る事は出来ない。

 あの森の魔女もそれは見えていなかった様だ。

 つまり、何か目に見える物を手掛かりにして魔法を発動するしか方法は無いに違いない。

 始祖アラミナスにとっても、あの簡略化した魔法円は苦肉の策だったのだろう。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 後日、サマンサからリクエストの有ったイチゴのショートケーキを持って、また遊びに行ってみた。

 いや、勉強に行ってみた。


 「来たよー。ケーキも買って来たよー」

 「いらっしゃい。あら嬉しい。さあ入って!」


 動物性のクリームを食べさせてしまってお腹の調子はどうかと聞いてみたが、下痢をするでもなく特に体調の変化は無かったそうで二人はホッとしていた。


 吹き飛んだ家の跡地には、小さな小屋が建っていた。

 広さ的には十畳位の広さの部屋にベッドも食事用のテーブルも小さなキッチンも全部詰め込んだワンルームだ。

 完全に倒壊していたのに、良くここまで一人で建て直せたものだと感心した。


 「大事な魔導書はいくらか回収出来たの?」

 「うーん、大体四割位しか取り戻せなかったわ」

 「貴重な本だったんでしょう? 勿体無いなー」

 「大丈夫よ。内容は全部私の頭の中に入ってるし、あれ写本だから」

 「そうなんだ? 立派な装丁だったからてっきり原本かと思ってた」


 写本と言っても、印刷技術の無い世界では全部手書きだし、装丁だって革を使って立派に仕立てるので殆ど原本と変わりは無い出来なのだ。

 写本とはいえ結構なお値段がするが、一般人が手に入れられる物は全部写本なのだそうだ。

 原本はエルフの住む国が管理する大きな宝物殿に保管され、エルフの国宝として厳重に管理されているらしい。


 「私は、これから『シン・魔導書エキスパートブック』を執筆する積りなの」


 その書きかけの1ページ目を見せてもらった。

 そこには、『シン・マジックデトネーション』の魔法陣が薄墨を使って濃淡迄正確に記述されていた。

 尤もそれは、アキラが持って来た干渉縞模様を描き写しただけの物なのだが。


 「でもサマンサは干渉縞見えないんでしょう? 続きどうするの?」


 サマンサはアキラを見て、にっこりとほほ笑んだ。


 「人任せかーい!!」


 『私が新しく書き直す』なんて豪語して置いて、アキラとユウキ頼りとは全く驚いた。

 『立っている者は親でも使え』とは言うが、それを地で実践している人間なんて初めて見た。


 「そういう所だぞ、いまいち信用が無いのは!」

 「なによぅ、ギブアンドテイクでしょ!」


 ユウキとアキラは、魔法を教えて貰う交換条件に魔導書作成の手助けをさせられる事に成ってしまった。

 その方法は、サマンサが魔法を使い、その時に現れる干渉縞をアキラがスマホで撮影するという方法。

 ユウキとアキラのスマホのカメラは、今までも異世界側の人間を撮影出来ていた。二人の目と同じ性能を持っているのだとすれば、干渉縞も写せる筈だ。

 物は試しとやってみたら、案の定魔法の干渉縞を写す事が出来た。

 それをカラープリンターで印刷して来て、纏めてサマンサへ渡した。


 「ちょっとこの精密な絵は何なの? もうこれを綴じて製本すれば完成じゃないの」

 「それは染料インクなので、長持ちしないよ。それにその紙は多分百年持たないで粉に成ると思う」

 「えー、そうなの? 駄目じゃん!」


 酸性紙問題と言われる百五十年程前の書物の消滅危機が有る。

 酸性紙とは、現在主に流通して使われている、所謂洋紙と呼ばれる紙の事だ。

 この紙は、製造過程で硫酸を使ってセルロースを抽出しているため、僅かに残った硫酸によりやがて紙の繊維がズタズタに破壊され、粉に成って消滅してしまう運命を持っている。

 この性質により、現代の書物は二百年は持たないだろうと言われている。

 その為、国会図書館等では古い書物を慌てて中性化処理したりしている。

 その点、日本の和紙は硫酸を使う工程が無いので一千年でも持つし、西洋では絵画の修復に使われたりもしているのだ。


 それから印刷の方だが、赤色の染料や顔料は耐光性最弱なので、街中で見かける看板とか、目立たせようと赤文字で書いて有ったりすると、その肝心の赤文字だけ消えてしまっていたりしているのを偶に見かける。紫外線で消えてしまうのだ。

 カラープリンターで印刷した物は、長持ちしない。

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