第206話 異世界へ来たい人
「麻野さんは行きたくない?」
「行って見たくは有るが、女になるのは嫌だなー」
「うん、私も女の麻野さんは気持ち悪い」
「じゃあなんで聞いたんだよ、クソがっ!」
「三浦は平気なんだ、いやらしー」
「ばっ、ちがっ! 単純に異世界が気になるだけだ!」
「どうだか、やらしー」
「帰ってくれば戻れるんだし、いいだろ! じゃあいいよ! 行かねーよ!」
「うそうそ、冗談だってば、ごめんね」
「私は単純に男になってみたいかな」
「私も男子の感覚を体験してみたい!」
これも生まれた時から女は弱い庇護対象だとして、また女のみに性的な対象としての属性を勝手に付与されている、一種の性差別なのではなかろうか。
つまり、強い者が弱い者の、または性的に受け身の者の振りをするのは格好が悪いと教育で、または親から子へ、勝手に刷り込まれている結果なのではないだろうか。
当の女側にもそれを有利に利用しようとする者も居るではないかと反論もしたくなる気持ちも分かるが、この生まれた時からの変えようが無い現実を盾に差別をされるのは嫌だと思っている人も居るのが事実で、この嫌だと思われる問題が、性別や人種はもとより、
「えっと、じゃあ、行きたい人は三人だね」
「えっと、由佳が行くならあたしも―……」
「えーっ、二人が行くなら私も!」
女子高生は何故に塊まって行動したがるのであろうか。全部で5人を連れて行く事になってしまった。向こうの世界から連れて来た8人を足すと、13人も移動させなければならない。
「ちょっと優輝、大丈夫なの?」
「う、うん、なんとかいけるんじゃないかな。それじゃ、しゅっぱーつ!」
「では、部屋を二つに分けるので、女子は向こうで男子はこちらで着替えてください」
優輝はスマホを操作して部屋を二つに分け、男女別の着替室を用意した。新規の5人にも、ストレージからユニセックスフリーサイズのジャージの入った紙袋を手渡し、それぞれに分かれて着替えてもらう事にした。
「えっ、うそっ! アルマーニのジャージ?」
「ヴェルサーチもあるよ。好きな方で」
「じゃあ俺はヴェルサーチで」
「私はアルマーニ」
「桜とシーラも、もう楽な服装で良いよね」
ウエディングドレスとタキシードを着た二人にもジャージを手渡した。
「皆着替えたかなー? じゃあ、移動するよー」
「はーい!」
優輝は例によってイヤホンを装着し、黒板を引っ掻く音の録音されたスマホの再生ボタンをタップした。
「い
「どうしたの? 大丈夫?」
「あ、うん、大丈夫。ちょっと頭がチクッとしただけ。さあ、ゲートが開いたよ。皆俺に続いて」
全員がゲートを潜り、異世界側に造られた拡張空間へ入ると、皆思い思いに体の変化を確認している様だった。胸を触ってみたり、パンツの中を覗き込んだりしている。
三浦は、その場でトントンと軽くジャンプをして、体のバランスがどう変化したのかを調べている様だった。
「三浦ー、おっぱいが揺れるかどうか確認してるのか? やらしー」
「ばっ! ちがっ! 体の重心が違うって聞くから確認していたんだ」
野木はというと、力こぶが出るか試してみたり、腹筋の割れ具合を確認したりしていた。そして、直ぐにサマンサの所へ駆け寄り、まじまじとその顔を眺めていた。
「あなた私にプロポーズしましたよね? 受託しました」
「え…… ええ」
サマンサは異世界の美味しい料理を食べるには、異世界人と結婚するのが手っ取り早いと思い、手直にいた野木に冗談半分でプロポーズしたのだが、初めて会った相手の言葉を真に受けられるとは正直思っていなかった様だ。しかもなんかお堅い。下手に関わると外堀を埋められて逃げられない様にあらゆる退路を塞がれてしまいそうな怖さを感じる。
「あ、ちょっと、パーティーの場の他愛の無いジョークというかー……」
「さて、口約束でも契約は成立します。私はあなたの申し出を承認をしました。片一方の事情で解除は出来ません。録音もしていますし周囲に証人も沢山居ましたので、今更冗談と言っても通用しませんよ。観念してきちんと役務を遂行しましょう」
「えええ、そんなー」
サマンサは神管情報部の野木を相手にした時点で詰んだも同然だった。結婚願望の強かった野木は、偶然訪れたこのチャンスを逃すまいと物凄い圧を掛けて来る。なにしろ、異世界からやって来たエルフで魔法使いなのだ。世界で二例目なので不安も少ない。それにサマンサは、エルフの御多分に漏れず容姿も良い。
野木は収入もかなり高く、結婚して相手に養ってもらうと言う感覚が無い為に、その希少価値の有る結婚相手に飛び付いたのだった。
野木は、サマンサの腕と自分の腕をがっちりと組み、逃がして成る物かという気迫を漂わせている。サマンサも、うわーという顔をしたものの、これで異世界の料理を食べ放題出来る目処が立ったため、内心ガッツポーズを取っていた。
「じゃあみんな、シーラさんちの庭に出るよ」
皆が拡張空間から出るのを確認し、ゲートを閉じようとしたその時、ユウキは一瞬貧血の時の様に目の前が真っ暗になった感覚を覚え、よろけて片膝を着いてしまった。
魂の繋がりからその異変に気が付いた
だが、ゲートが閉じる直前に、何者かが高速でゲートを通過して行った。それはロデムであった。
ロデムはユウキの目の前で実体化すると、今まさに倒れこもうとするユウキをキャッチし、両腕で抱きかかえた。
実はロデムは、ユウキの体に砂粒程度の小さな分身を付けていたのだ。分身と言っても、不定形生物のロデムは、薄くシールの様にユウキの耳の後ろ辺りに皮膚に同化して張り付いていたにすぎない。
今、分かり易く分身と言ったのだが、四次元生物のロデムにとっては、実は体は分かれている訳ではない。四次元的に繋がっているのだ。
次元を1つずつ落として説明しよう。三次元生物の自分が、二次元平面の上に寝ているとする。二次元生物から見れば、一応人の形のシルエットに見えるだろう。そしてその時、腕を持ち上げて二次元人の肩に手を置くと、二次元側からは体を分けて肩に小さな分身を置いた様に見えるかも知れない。しかし、三次元から見れば自分は分かれては居ない。一つ下の次元からはそう見えているだけだ。つまり、それの四次元版なのだ。
今、ロデムは東京の自宅のリビングに居て、四次元側を通して触手を伸ばし、優輝の耳の後ろをちょっと触っている。自分の手が届いていなかった当時の、あの忌まわしい過去の事件の記憶から、ロデムは優輝をどの様な危機からであろうと何が何でも守ると言う強い決意を持ち、常に優輝と
たとえそれが東京と山形程の距離であろうとも、更には地球の裏側であろうとも、四次元側から見ればきっと目と鼻の先の距離なのに違いない。二人の身に何かが起こればロデムは瞬時に駆けつけるのだ。
ユウキをお姫様抱っこして拡張空間から出て来たロデムを見て、皆ぎょっとした顔をした。
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