第205話 異世界へ行きたい人

 スクリーンの正面に設置した拡張空間の部屋の中へ入り、全員を着替えさせる。

 新郎と新婦は、お互いの衣装を交換して、今度はミサキ君がウエディングドレスを、シーラさんがタキシードを着た。


 「ぷっ! 性別が変わってから着替える様にしたら良かったね」

 「もうっ! 二度目ですよ! 勘弁してください!」


 ウエディングドレス姿の青年を見て吹き出したユウキに、ミサキ君がふくれっ面で抗議した。


 「さあ、ゲートを開くから、みんな手を繋いで一列になってね」


 先頭にユウキ、その後ろにオーノヒロミ、そしてその子供2人を挟んで夫、サマンサとビベラン、新婦のシーラ、新郎のミサキ君(サクラ)の順に並んだ。ミサキ君を一番最後にしたのは、移動に慣れている為だ。

 ユウキはブルートゥースイヤホンを装着してスマホの再生ボタンを押すと、いつもの様に目の前にゲートが開く。


 「さあ、異世界へ移動するけど、驚かないでよ」


 ユウキはゆっくりと前へ歩を進め、後ろはその後を追う。目の前で一人一人消えて行く様を見て、驚いて立ち止まろうとする者も居たが、前からは引っ張られるし後ろからは押されるしで進まざるを得ない。何とかミサキ君まで全員潜り終わったところでゲートは閉じた。

 ゲートの直前には日本側の拡張空間扉が設置されており、その中を通って反対側にある扉を出ると、そこは御崎家の庭に設置されたスクリーンの正面だった。

 つまり、片一方のスクリーンの中へ入ると、映像の向こう側から出て来るという趣向になっている。

 スクリーンから出て来たウエディングドレス姿の桜とその夫のシーラの姿を見た御崎家側の列席者からは、拍手と喝采が巻き起こった。


 「キャー! 桜ー! おめでとー!! 素敵―!」

 「ありがとう!」

 「桜…… 綺麗だよ」

 「お父さん、お母さん、ありがとう!」


 桜の同級生の友達は黄色い声を上げ、ご両親は感動の涙で殆ど声が出ない様だった。

 その横では大野家の顔合わせが始まっている。


 「お父さん、お母さん、これが私…… じゃなくて、俺のむす…… 娘達です。こっちが旦那、じゃなくて、妻です。こんがらがるなぁもう!」

 「うふふ、おかえりなさい、弘和」

 「さあさ、皆でテーブルを囲んで食べようじゃないか」


 オーノヒロミの旦那さんの方は何だか複雑な顔をしているが、子供達は性別が変わった事が面白い様でキャッキャとはしゃいでいる。


 この二家族の事は自分達の時間に浸ってもらうために余計な声はかけない様にしよう。

 ビベランとサマンサは何処へ行ったのかとあきらが見回すと、中央に設置された料理テーブルで、夢中で皿に大量の料理を乗せている最中だった。優輝は、『ああ、食べきれないやつだアレ』と思った。料理バイキングあるあるだ。


 「サマンサはモデルみたいなイケメンに成ったなー」

 「異世界へようこそ、サマンサ」


 声を掛けて来たのは、デクスターとアリエスだ。


 「あなた達! 私が貧困に喘いでいる間に異世界でこんなおいしい料理を食べまくっていたのね、許せないわ!」

 「だったらあなたもこっちで誰か素敵な配偶者を見つければ良いのよ?」

 「はあ? 何言って…… そこの素敵なお嬢さん、僕と結婚しませんか?」


 シュバッ!


 「えっ? ええっ!?」


 デクスターの言葉に、サマンサは一瞬否定しようと思ったのだが、その時目が合った野木の横へ素早く移動し、いきなり口説き始めた。山盛り料理を乗せた皿は手放していない。


 「あ、はい……」


 意外や意外、速攻で断ると思いきや野木は肯定してしまった。というか、美形エルフを反射的には拒否出来なかった様だ。


 「ねえ、良いのあれ、放っておいて」

 「んー、構わんだろう。あそこに前例が有るわけだし。俺が職員の恋愛まで制限する理由は無いからな。寧ろ外国のスパイにたぶらかされるよりは安心だ」

 「確かに、まあ…… そうなのか?」


 麻野はデクスター達を指さしながらそう言った。尤もそれは野木次第ではあるのでこっちで勝手に良い悪いを決めるものでもない訳だが。

 野木は、異世界のエルフという人種にちょっとは興味があったみたいで、お試しで付き合ってみる事にした様だ。知り合いの結婚式でいい男をゲットするというのはよく聞く話なのだが、まさかリアル現場に直面するとは優輝もあきらも思っていなかった。

 ただ、お相手のサマンサの方の動機がイマイチ不純な訳だが…… まあ、本人達が良いならそれで良いのかも知れない。


 ビベランの方はどうかなと見てみると、料理の観察に余念が無い様子で、さっきからずっと味見を繰り返している。そんなビベランの周囲には、女子高生達が群がっていた。


 「ねえねえ、その耳って本物なんですか? その尻尾も?」

 「えっ? あ、ちょっと!」

 「触ってみて良いですか?」

 「もう触ってるんだけど? ちょっと!」


 それを見かねた桜が、友達をたしなめに入った。


 「ちょっとあなた達! 失礼に当たるからやめて!」


 桜によって、獣人の耳や尻尾を触るのは、電車で痴漢行為をする位には失礼な事だと説教され、女子高生達はしゅんとなってしまった。


 「さ、桜ちゃん、お友達をそんなに怒らなくても、ほら、お友達の晴れの席でちょっと羽目を外しちゃった感じかな? こっちの世界では獣人は珍しいみたいだし」

 「ごめんなさい!」

 「あたしも、ごめんなさい!」

 「あ、あたしも!」

 「大丈夫大丈夫、ちょっとびっくりしただけだから」

 「まったくもう、大阪のおばちゃんじゃ無いんだから、行き成り知らない人の身体を触らないの!」

 「こっちの世界って、そんなに獣人は珍しいんだ?」

 「珍しいと言うか、居ないよ。エルフも居ない」

 「え、そうなの!?」


 逆にビベランの方が驚いた様だ。獣人どころかエルフもドワーフも居ない、人族のみの世界だという事にかなり驚いていた。


 「そうなんだ、私って、こっちの世界の人から見てどう?」

 「かっこいいです!」

 「素敵です!」

 「かわいいです!」

 「えー、そうなんだー、困っちゃうなー」


 ビベランは褒められて満更でもなさそうだ。


 「ちょっとノグリに似てるかも」

 「ヤメテ!!」


 ノグリに似てるって言われるのはそんなに嫌な事なのだろうか? 姉弟なんだから似ていて当たり前だと思うのだが。はたから見て気の毒に思える程落ち込んでいる。逆に姉からそんな風に思われているなんて、ノグリの方が気の毒なのではなかろうか。ノグリも小奇麗にして黙っていればそれなりに良い男な気がするのだが……


 「では、向こうから来た人は一旦帰りますね」

 「ちょっとちょっとー! 私達は向こうへは行けないの?」

 「え? 行きたい人居るの?」

 「居るに決まってるでしょう!」


 優輝は異世界の農家さんを見学したい人なんて居るのかなと思った様だが、実際に異世界へ安全に行って帰れるとなったら行ってみたい人は居るのではないだろうか。

 それ以外の理由でも、性別が反転するという体験をしてみたい人は少なからず居るかも知れない。


 最初の頃の優輝の様に、無限のフロンティア独り占め、というのはある意味努力次第で可能という事なので、それも冒険心をくすぐる要素ではある。ただしそれは、異世界側が土地所有の概念も碌に無い世界だという事の証左でもある。そして、異世界へ安全に行って帰れるという保証有りきな訳だが。


 そもそも、こちらで言う所の中世レベルの世界である異世界では、土地の所有権というものが明確ではない。大体は領主と呼ばれる貴族や王様の物で、領民はご好意で住まわせてもらっている形だ。または国によっては領民も領主の所有物だと考えられている所もある様だが、それは領主の考え方によってまちまちな様だ。そのどちらにしても、領主が土地の所有権を主張出来るのは領地の範囲内だけであって、その外側に広がる広大な森に関しては誰の物でも無い。

 国同士が隣り合って接している場合を除けば、国境線という『線』は存在せず、国の範囲は酷くあやふやなもので、国の外側の人が使っている部分以外は、誰の物でも無い『広大な空き地』でしかないのだ。

 誰かが使っていれば、『今その人が使っているのだから他人が勝手に取ってはいけないよね』位な感覚でしかない。比較的性善説で成り立っている世界だと言える。

 だから、デクスターの様にロケーションの良い場所にバリアで囲まれた安全な別荘を建てたいと言うのは、それを出来るか出来ないかの話を抜きにすれば、誰でも可能であり、早い者勝ちと言う事になる。誰にも咎められはしない。ただし、災害または害獣や盗賊から被害を受けたとしても、それは全て自己責任だ。


 更に言えば、長期に渡って放置されている様な場合も、所有の概念が消失する可能性がある。例えば、長らく誰も住んで居ない家に誰かが棲み付いた後で、元の住人が帰って来て、『俺の家だ出ていけ』とは言えないし、優輝が森の中へ入って木を切り倒し、広場を作って、『ここからここまでは俺の土地ですよ』と言えば、そこが優輝が使っている間は優輝の物と言う事になるが、長年放置してしまえば、再び誰の物でも無くなってしまう。


 ただし、どの位の期間放置されていれば権利を失うのかについてはかなり曖昧で、時々トラブルになったりはしている様だ。

 だから、ノグリ実験農場は最初こそ畑を最初に作った人から買ったものの、その後開墾して広げた部分は全部ノグリ農場の物という事になるのだが、継続的にその場所を使っていると本人も周囲も認めている必要がある訳で、その理屈から言えば最初の放棄された畑は別に買う必要も無かったのだが、その放置期間が微妙で、後で使う積りだったとか言われてトラブルになるのを避ける為に、周囲にノグリが使いますよと宣言する意味合いも込めて金で解決した、という面も有ったのだ。


 話は脱線したが、異世界へ行きたい人はいますか? という問いに対して、桜の友人の女子高生三人と野木と三浦が手を上げていた。



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