第204話 向こうの料理

 「私達もそうなんだけどさ、あなた達も当然国家から監視されている筈でしょう?」

 「監視と言うと人聞きが悪いが、動向は常に把握させてもらっている」

 「マジでか」

 「今更だろ。学生の頃からずっとだぞ?」

 「そう言えば、新婚旅行のホテルも覗かれていた様な……」


 ユウキがスクリーンの向こうで露骨に嫌そうな顔をした。デクスターもまた、アメリカ中央情報局CIAから監視対象になっているので、当然優輝とあきらもその筈だと思ったのだろう。実際にその予想は当たっている。そして、麻野のセリフでそれを確信したのだった。


 言われてみれば確かに、麻野達は内閣調査室時代からずっとあきらを監視していた。あきらが不用意に異世界から持ち込んだ砂金を換金したのが切っ掛けだ。それ以降、永久電池の発明やらなんやらで内調に超常現象系複合現象(パラノーマル・コンプレックス・フェノメナ)案件、略称『PCP』案件に認定されると、監視から保護対象へ切り替わり、国による囲い込み名目の神祇じんぎ認定からの宮内庁下部組織の外局設置とその管理部署である神祇保護管理室、略して『神管』の設置により大まかな入れ物の体制が整い、不可侵の存在として定義付けられ、今に至る。そこまでの流れは実に速かった。これは全て麻野が裏で暗躍したお陰だ。彼は、これを放置すれば他国の侵入を許し、やがて取り返しの付かない事態に追い込まれる事を予測して迅速に動いた、という訳だ。


 これがアメリカだったら、『お前等は神では無い、ミュータントだ!』とか何とか言って強制的に人間領域へ引きずり落とし、その能力を利用しようとするのだろうが、日本は逆に『お前等は人間では無い、神だ! はい、如何なる者もお手を触れないで下さいね』、という事にしてしまった訳だ。つまり、日本政府は責任を放り投げた、というか、彼等は日本国の一部であり管理は宗教関係なので、政府は手出しも強制も出来ない。外国が何を言って来様が知らんがな、介入出来ませーんという立場を取っている。


 現在では拡張空間内へ設置された広大な神管の超ハイテク基地から、世界中の情報へアクセスし、監視衛星等からの情報で、こちらの世界に居る間の正確な位置情報や行動も全て把握されているという訳だ。


 「じゃあ、フランスの国道で暴走した件も?」 

 「ああ、あれはアメリカさんの方も頭を抱えていたな」


 デクスターも頭を抱えていた。まさかあの件も知られているとは思っていなかった様だ。


 「マジか、ちょっと現代科学を舐めていたかも知れない」

 「そうか? 実はそんなに難しい技術は使っていないぞ」

 「異世界へ消えて、こっちの世界の何処で出て来るのか分からないのによく追跡出来るな」

 「あれは、お前等の拡張空間通路の特性を利用している。行った場所で出口を設置しなければならないだろう?」

 「あ、そうか」

 「えっ? 何何?」

 「つまりね、拡張空間通路で何処かへ行くには、一度は通常手段でそこへ行かなければならない。行った事の無い場所へは出口を作れないでしょう?」

 「えっと…… ???」


あきらは直ぐに理解した様だったが、スクリーンの向こうのユウキの頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。要するに、拡張空間通路は、一度は行った事のある場所にしか出入口を設置出来ない。そして、異世界側では長距離移動は出来ない。何故なら、異世界側の殆どの場所は広大な原生林と成っていて危険生物の棲み処なので、道路も航路も殆ど整備されていないからだ。

 実際に異世界でのユウキ達は、長距離を移動する際には一旦こちら側の世界へ戻り、自動車や電車や航空機を使って移動し、そこで再び異世界側へ戻るという事をしている。


 「つまり、こっちの世界で私達が移動した場所、そして拡張空間のドアを設置したであろう場所を、防犯カメラやスパイ衛星かなんかを駆使して張っていれば、高確率で私達を見つけられるという事なのよ」

 「あ、そうか。ゲートを開く場所の近くには、着替えの為に必ず拡張空間の扉も設置しているから…… ああっ、これは盲点だったー!」


 ユウキは額をペシッと叩いた。まあ、野放しになんて出来やしないのは百も承知だ。神管も見張らずにはいられないだろうなとは思う。しかし、スパイ衛星まで使っているとなると、アメリカとはかなり密接な協力体制を敷いているのだろう。デクスターの方を見ると、日米で協力して監視しているという話は初耳の様であった。


 「まあ、今更見張られてて困る事はあまりないけどね」

 「見張る人も大変だよね」

 「今は顔識別や体格体形、歩き方の癖等のあらゆる情報からAIが瞬時に本人を特定出来るのよ」

 「まるで魔法みたいだね」

 「お前らが言うかよ」


 そんな雑談をしている一方で、主役の御崎家や異世界側の農家さんのご両親、そして大野家やオーノ商会の家族もスクリーン越しに会話が弾んでいる様だ。


 「俺は息子と将来酒を酌み交わすのが夢だったんだがなー。スクリーンの向こうじゃ無理だなー」

 「今こうやって、リモート飲み会出来るてるじゃない」

 「お前まだ未成年だろう。飲酒は駄目だぞ!」

 「こっちの世界ではとっくに成人なんですー」

 「そういう問題なのか? んー……」


 御崎家の父と娘(息子?)の会話だ。日本の結婚式の様なしんみりとした涙を誘う場面は一切無く、軽口を言い合う立食パーティーの雰囲気だ。


 「息子が娘に成って、子供まで産んでいるなんて、不思議な感じねー」

 「ほら、あなた達のお爺ちゃんお婆ちゃんよ。挨拶なさい」

 「お祖父様、お祖母様、はじめまして」

 「おお、しっかりした賢そうな孫だ」

 「またユウキさんにお願いして、子供も連れて行くからね」


 大野家の方は御崎家とは逆パターンで、娘に成ってしまった我が息子が子供まで産んでしまっていたという事実に戸惑いはしているが、初孫を紹介されてデレデレの様子だ。

 しかし、勝手にまた連れて行く約束をされてしまった。ユウキは『ま、いいか』と思った。


 パンッ!!


 「はーい! 皆注目ぅー!!」


 ユウキは大きな音を立てて手を叩き、皆の注目を集めた。


 「えー、今から新郎新婦の二人と、オーノさん一家、その他希望者2名の合計8人を向こうの世界へ連れて行きます。誰か行きたい人!」


 皆シーンとしてしまった。やはり見知らぬ世界へ連れて行かれるというのは怖いのだろうか、誰も手を上げない。

 後2名は、シーラさんのご両親の枠だったのだが、異世界異動がどうしても怖いというのでそれを列席者の中から募る事にしたのだ。別にチケットを売った訳では無いので、8人が6人になったところで誰も損をする訳では無いのだが、ユウキは何となく穴埋めで2名を募集してしまった。誰も手を上げなければ別に6名で全然構わないんだけどね、と思ったら物凄い勢いで手を上げた人物が二名居た。


 「ハイハイハイハイ、ハーイハイ! 私行きたい! 向こうの料理がすっごい気になる!!」


 手を上げた一人は、案の定ビベランだった。料理人としては、日本側のテーブルに乗せられている見た事も無い料理やスイーツ類が気になっていたらしい。

 そして、もう一人はというと……


 「向こうの料理がすっごい気になる!」


 サマンサだった。同じセリフだが、こっちは食べる専門なのだろう。


 「えー? 何であんたがここに居るのー?」

 「いいじゃない! ちゃんと招待されたのよ!」

 「あ、それ私」

 「ビベランかよ!」


 招待客が勝手に知り合いを招待して良いのかどうかは世界が違うので良く分からないのだが、再会後はよく行き来したりして交流があるらしい。ミサキ君とサマンサは会った事もあるし、共通の知り合いとして呼んで当然だと思ったのだろう。

 向こう側にはサマンサの親友のアリエス(アリエル)も居るし、まあ…… いいのか?

 ユウキは良く分からないのだが、特に不都合は無いだろうと思った。


 「ではしゅっぱーつ! 途中の部屋で着替えますからね。無い人は服を貸します」

 「着替えってなに?」

 「性別が変わるそうだからよ」


 初めから行く予定だった6人には、予め男女共用のゆったり目の服を用意して来てもらってはいるのだが、飛び入りの2人にはユウキがストレージからジャージを出して貸してあげる事にした。

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