第203話 いわゆる人前式

 やはり、世界間異動で性別が変わると言葉では聞いていて、頭でも何となく理解している様な気に成っていても、実際にこの目で我が子の変わり様を見て確認するまでは、意識の中の何処かで疑っていたのだろう。


 「ちょっと待って、あの、優輝君、そっちへ連れて行ってもらえない?」

 「じゃあ、桜とシーラは向こうへ戻ろうか」

 「待って待って、ミルクだけでも持って行ってちょうだい!」


 桜とシーラを向こうへ戻して、今度はオーノヒロミをこちらへ移動させる事にする。

 何だかあわただしい感じになってしまった。桜は母親が手渡してくれた、粉ミルクと哺乳瓶、消毒剤の入った紙袋を持ち、シーラは赤ん坊のリオを抱いて優輝と一緒に玄関を出て行った。するとちょっと間が有って、テレビ画面の中に女の子のシーラとユウキ、男の子のサクラが登場した。そして、今度はオーノヒロミを連れてその場を立ち去り、御崎家の玄関から男性の大野弘和と一緒に男性の優輝が入って来た。なんだかイリュージョンというよりもコントみたいである。というのも、大野弘和の服装が女性服のままなのだ。

 大野弘和は、その服装のまま大股でドスドスと両親の元へ歩み寄り、苦情を言った。


 「ちょっと、何で居るのよ。じゃない、居るんだよ! 今日は大事な桜ちゃんの結婚の打ち合わせなのに!」

 「いや、私達も弘和に会えるからおいでって呼ばれたんだよ」

 「えっ? そうなの?」

 「御免なさい、サプライズしようと思ったら、何か変な感じに成っちゃって」

 「いや、まあ、いいんですけどね…… 真面目な話の最中なのに、ずっと画面端にチラチラ見切れてて、気になって気になってしょうがなかったんです」

 「ごめんよー、カメラの画角が良く分からなくて」

 「でも、向こうでも元気そうにやってて安心したわ。そうだ! パーティーの時、旦那さんと子供も紹介してよ。孫に会いたいわ」

 「えっ、それはー、良いんですか?」

 「どうぞどうぞ、大野さんの所なら大歓迎ですよ」


 来賓側が勝手に来る人を決めてしまって良いのだろうかと大野和弘は思い、御崎家のご両親に訊ねたのだが、二つ返事だった。もう、通常の日本人が考える様な結婚式にはならないと半分諦めているのか、それとも驚く程順応性が高かったのかは分からないが、こっちでも高級輸入雑貨の大野さんの実家は有名なんだそうで、好意的に受け入れられている様だ。


 「いやしかし、ここで女装姿の息子に会うとはなぁ……」

 「しょうがないでしょ! 向こうの世界では俺は女なんだから!」

 「何だか不思議な感じがするわ……」


 親子の会話なのだが、変な感じになってしまった。大野家はギャグ要員なのだろうか。


 「私達は向こうのあなたには会いに行けないのよね」

 「旅行気分で行くには危険な世界だからね。ほら、俺もこうして武器をいつも携帯しているんだ」


 大野和弘は、長いスカートの裾をちょっと捲って、太股の所に縛り付けてある鞘付きの短剣を見せた。


 「峰不二子かよ」

 「まさか息子のこんな色っぽい姿を見せられるとは……」

 「そこはいいだろ! 滅多に使う事は無いのだけど、こういう物が必要になる事もある世界だって事。金を持っていそうな爺さん婆さんが無防備に歩いていたら、1分後には行方不明になってその後死体も見つからないよ」


 ちょっと脅し過ぎかなとは思うけれど、この位は言っておいた方が無難かも知れないと大野弘和は考えていた。道の端を歩けば路地に引き込まれる、車道側を歩けば車からひったくられるなんて、こちらの世界でも聞く話なのだから。ましてや基本的人権なんて意識も法律も存在しないであろう(有るのかもしれないが)世界に連れて行くのは危険過ぎるのだ。

 夜中に寝付けなくて月あかりの中散歩してましたとか、観光気分でやりそうで恐い。山菜取りみたいな感覚で森の中へ入られでもしたら、あっという間に猛獣に襲われて骨も残らないだろう。四六時中見張っている事なんて出来ないのだから。

 というか、移動させられるのが優輝だけなので、何かトラブルが起これば全て優輝にだけ責任がのしかかって来る。優輝は結構ホイホイ連れて来てしまう傾向があるが、あきらの場合はそれが心配でもあり、未だ未知の優輝の能力が彼の心身にどんな負担を掛けているのか分からなくて怖い、というのも本音なのだ。その事を大野弘和も桜も忖度してくれているので大いに助かっている。


 「じゃあ、俺達は向こうへ行って日程等を話し合ってくるから、またな」


 向こうの世界へ戻って女の姿になった大野弘和ことオーノヒロミは、画面に向かって手を振った。


 「なんだか不思議な感じねぇ」

 「まあ、慣れるしかないんだろうな」

 「あっ! お土産持たせるの忘れちゃったわー」

 「それなら、後で私が届けますよ」

 「そうですかー、ありがとうございますー」


 紙袋の中には100均の白い陶製の皿や器が沢山入っていた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 それから10日後……


 異世界側の農家さん宅は、広い庭を使ってオーノ商店が取り仕切り、大きな立食のパーティー会場を作り上げた。

 日本側は御崎家の庭を使って異世界堂本舗が取り仕切り、同様に同じ様な見た目の会場をそれぞれセッティングした。両家とも農家さんなので、庭は結構広いのだ。

 それぞれの会場には巨大なスクリーンにお相手側の会場が映し出され、まるでスクリーンの向こう側まで会場が続いている様に錯覚する。

 料理はどうしようかと考えていたら、何処から聞きつけたのかビベランが何時の間にか料理をセッティングしていた。サクラやオーノヒロミに聞いても首を横に振るだけで、誰も教えてはいなかったらしい。身内だけでやるつもりが、結構おおごとになって来てしまった。


 「サクラはうちの農場の顧問でもあるんですからね! 私を除け者にしようったってそうはいかないんだから!」

 「除け者にしようなんて思ってないよ。来賓として呼ぼうと思ってたのに」

 「あら、そうだったの?」


 どうやらビベランは、いつも企む側だったので普通に客として扱われるとは思っていなかった様だ。


 「でも、ビベランが居て助かった。料理どうしようかと思ってたところなんだ」

 「でしょうでしょう! 任せなさい」


 頼られるのが大好きな体質らしい。

 料理は本当は日本側から向こうの会場と同じ物を持ち込もうかなと思っていたのだが、ビベランの好意を有り難く頂いておくこととする。


 という訳で会場のセッティングも終わり、列席者会場入りも済ませて、主役の登場を待つ。

 すると、会場に面した納屋の大きな扉が開かれ、純白のウエディングドレスを身に纏ったシーラと、真っ白なタキシードを着たミサキ君が登場し、両会場から割れんばかりの拍手が鳴り響いた。


 「桜は? 桜はどこ?」

 「あのタキシードを着た男の子が桜らしいよ」

 「うっそ! マジで? 異世界で男になるって本当だったんだ!?」

 「結構可愛い男子って感じよ。 桜ー!!」


 日本側の会場に呼ばれた、桜のクラスの友達が興奮している。彼女達が呼ぶと、スクリーンの中の男の姿のサクラが手を振って笑っている。


 「本当だ、すごーい! あの笑い方、本当に桜だ!」


 日本側会場は、あきらと花子お婆ちゃんが取り仕切っているのだが、会場を見回すとご近所のただ飯狙いの人もチラホラと混じっている様だ。会場は入場チェックもしていないし、出入り自由だから仕方が無いのだが、当初30人位を想定していたものがその3倍位の人数になってしまっている。

 田舎は親戚やご近所付き合いも多いとはいえ、日本側会場に来るのは御崎家側だけなので、通常の結婚式の半分の人数で、30人というのも多めに見積もった人数だった筈なのだが……

 あきらがぐるりと会場を見渡すと、ある人物と目が合った。


 「あーっ! あなた達、何で居るのよ!?」


 そこに居たのは、私服姿の三浦と野木だった。いや、良く見るとその後ろの方には麻野も居る。近所のおじちゃんっぽい、胸ポケットに煙草の箱を押し込んだポロシャツと綿パンスタイルで、一瞬誰だか気が付かなかった。


 「というか、ディディーとアリエスも居るじゃん! あーっ! ラボの研究員達も!」

 「流石に外人が混じっているのに気が付かないのはどうかと思うぞ」

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