第207話 ロデムという存在

 「ちょっと、ユウキ君! どうしたの!?」

 「いやー、お姫様気分?」

 「やっぱり大勢の人間を移動させるのは負担になっているんじゃないの?」

 「いや、大丈夫だよ。ちょっとパーティー疲れかな」

 「まあ、準備からずっと働き詰めだったから、それで?」

 「多分それ」


 野木の心配をよそに、ユウキは疲れただけだと言い張った。

 確かに異世界間でリモート結婚式をするには、映像も音声も繋ぎっぱなしにしなければならない。電波は優輝の近くでのみ世界間を貫通して届くからだ。

 つまり、ユウキはゲートを開く時のみに能力を使っている訳では無くて、常時弱いながらも能力を使い続けているのだ。

 通常時でも異世界の人間が見えたり見えなかったりしている事から、仮説だが普段からエンジンのアイドリング状態の様になっていて、意識する事によって能力のスロットルを開けたり閉じたりと加減しているのかも知れない。ただ、消費しているのはガソリンでは無い事は確かだ。


 それが今回の結婚式で、日本と異世界で映像や音声を遣り取りする為に常時繋ぎっぱなしにして、その上に今迄にやった事の無い人数を何回も移動させたりもしたために、一時的に過負荷状態に陥ったのかも知れない。


 そんな事はよそに、初渡航組は異世界というよりも自分の体の変化に興味津々きょうみしんしんな様で、三浦はさっきからなんか変なポーズとってクネクネしているし、野木はサマンサの腕を掴んで離さないし、女子高生達は有り余る体力を持て余して子供みたいに走り回って鬼ごっこを始めてしまった。男子達が休み時間に馬鹿みたいに走ったり取っ組みあったりしている気持ちを実感しているのだろう。


 「ねえ、サマンサを日本に連れて行きたいんだけどいい?」

 「いいけどさ、サマンサはいいの?」

 「うーん、良いけど、何であんな事言っちゃったのかなあ……」


 男になって軽いノリで野木をナンパしてしまったのだが、まさかこれほどグイグイ来られるとは思っていなかった様だ。

 アリエスは親友が来ると言うので喜んでいるが、当のサマンサは複雑な表情をしている。まあ、彼女の動機は『美味い物が食えるかどうか』程度でしかなかったので、野木の提案を拒否する理由は無い訳だが、美味しい物を食べられるという本能だけで喜んでみたけれど、本当に結婚しなければならないのか? という根本的な部分については考えるのを頭が拒否している状況の様だ。


 パーティーは日が暮れても終わらず、深夜まで続き、LED照明で煌々と照らされた両方の農家さんの庭の光景は、周辺の地域でちょっとした話題になったのだった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「さて優輝、精密検査を受けて貰うわよ」

 「もう大丈夫だってば、よく寝たし」

 「だーめ、ラボのメディカルチーム連中が手ぐすね引いて待ってるわ」

 「また、ダイアモンドカッターで皮膚剥ぎ取ろうとしたり、肛門にドリル突っ込まれたりするんですか。精密とは一体……」

 「私の時はちょっとハード目な人間ドック程度だったけどな。直腸診だけは、乙女の純情が爆散したけど……」

 「あそこには人間の尊厳は無い。てゆーか、あなたもスレッジハンマーで殴ったりしてきましましたよね?」

 「殴ったのはアリエスでしょう。私はー、彼にハンマーを貸して優輝の腕を押さえてただけよ。あ、そうそう、今回はNASAのメディカルスタッフも来るそうよ」

 「人体改造手術されるー!」

 「されないされない、今回は私も一緒に受けるからさ」

 「電鋸やプラズマカッターは勘弁ね」


 そんなこんなで久しぶりの精密検査。

 優輝の皮膚は、あれから随分とカーボンマテリアル化が進み、今ではもう注射針が完全に通らなくなってしまったので、他の方法で採血を試みるそうだ。

 その方法とは、やはり肛門から内視鏡を突っ込んで、内臓壁から採血するのだと聞かされ、優輝は血の気が引いていた。前回採血した分は、拡張空間ラボの参加国で均等に分配するという事で、1国当たりほんのちょっとしか取れなかったとかで、今回は800ml位取ろうかという話になっているのは秘密だ。

 健康診断をするだけならばそんな量は当然必要無いのだが、粘膜細胞からDNAのサンプルだの色々と採取したいという思惑も有る様で、それを参加国分用意するとなるとその位は欲しいという事になるらしい。

 今ではラボの参加国は8か国にもなるのだそうだ。参加国の内訳は、G5時代の日米英独仏5か国に加え、イスラエル、イタリア、インドだ。これ以上増えない事を願う。


 優輝とあきらは、泊まり掛け二日間の超精密人間ドックを終えて帰宅し、自宅でぐったりしていた。


 「ちょっとこれ、逆に健康に悪いんじゃない?」

 「俺もそう思うー」

 『検査なら僕がやってあげるのに。あんな稚拙で原始的な方法じゃなくて』

 「ロデム、ありがとう。それはそうなんだけどねー……」


 両腕に未来みらい永遠とわを抱いたロデムがそう言ったのだが、あきらは首を横に振った。地球の科学文明の発展に何らかの貢献をしたいそうなのだ。それが自分の身体を調べさせる程度の事で叶うなら、こんなに嬉しい事はないと言う。それは優輝も同意見なのだった。

 優輝もあきらも、この世界で自分の能力を使って随分と稼がせてもらっている。だけど、世界に対して何も還元出来ていないと常日頃から思っていた。だから、こんな事程度で喜ばれるなら、幾らでも協力したいと本気で思っている様だ。


 ここで一つ疑問が残る。何故皆ロデムの事はスルーなのか? 優輝とあきらの傍に何時も居るロデムの事を何故誰も気に留めていないのか。

 普通に考えれば、二人に能力を与えたのはロデムだろうと気が付かなければおかしい。だがそう成ってはいない。誰も気が付いていないのだ。それは一体どう言う事なのだろうか?

 実はロデム自身は無意識なのだろうが、認識阻害というか認識回避、記憶の阻害、または意識の透過スルーを行っていたのだ。


 最初の頃、影だけの存在として森の中に存在していた頃、ロデムの影である空間は、優輝以外には認識出来なかった。ゴブリンも豪角熊も、その空間内に優輝達が入ると見失ってしまっていた。優輝達が見れば、その空間は3m四方程の大きさが有り、暗い森の中で光も放っていたのだが、森の中の獣達の目には全く入っていなかったのだ。

 しかし、極稀に優輝達の様に認識出来る者達が居た。野生生物でもドラゴンの様に少数ではあるが見分ける者も居たのだが、大体は攻撃的だったり恐怖で逃げてしまったりする。同じ目線で心を通わせられる相手ではなかった。異世界に来て以降、知的生命体でロデムを友として認識したのは、二万年前に北海道のエルフ王国を築いた始祖アラミナスが最初だったのだろう。しかし、いかに長寿のエルフと言えど、永遠には生きられない。やがて寂しい死別が訪れ、ロデムは再び一人きりと成ってしまい、暗い森の中で誰からも認識されないまま生きる気力も失い、命のエネルギーを消耗して、一人ぼっちで死を待つだけと成ってしまっていた所に優輝がやって来たのだ。


 ロデムの認識阻害は、他者が向けた意識を回避するパッシブな能力というよりも、もっと消極的な忘れられ易い属性と言うか、認識が滑る仕様というのか、とにかく見えてはいるのだが、目を逸らせた瞬間にはもう意識の中に残らないという様なもので、見た人は、『あれ? あれをした人は誰だったかな?』という様に、ある事象は起こっているがそれをやった者が誰だったか思い出せない、という様なもので、大体はあきらの手柄に成ってしまっている場合が多い様だ。


 人間は、良く分からない事が有ると、勝手に脳の中で辻褄を合わせようと記憶を改竄してしまう性質がある。ご丁寧に見た筈の無い映像まで作り出して記憶を修正してしまうのだから質が悪い。

 例えば、先の披露宴での会場移動で、ユウキが倒れそうになった時に抱き抱えたのはロデムなのだが、その場に居た目撃者の記憶の中では、アキラがユウキを抱いて現れたと記憶がすり替わっている事だろう。冷静に疑ってかかれば、アキラは向こうの世界に居たのだから、同時に二人存在してしまう事になるのだが、その矛盾点に誰も気が付かないのだ。

 まあそのお陰で、ロデムの存在は秘匿され、あきらと優輝が祀り上げられている事になってしまっている訳なので、あきら達の思惑通りであるのは間違いないのだが……

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