第233話 変身☆お着替え君

 「これが異世界堂本舗の大ヒット商品!(発売前なのに)『変身☆お着替え君』!」

 「うっわー、ネーミングがくそダサ過ぎて眩暈がするわー」

 「アメリカでの製品名は、『Clothes - changerクローズチェンジャー』です」

 「そっちでええやん。お前は小〇製薬か!」

 「では早速使ってみましょう」

 「話聞いてるー?」


 今回はユウキとサマンサの掛け合いだ。

 ユウキはリストウォッチを左手に装着すると、ウォッチに向けて叫んだ。


 「チカ、変身よ! シャ〇ルのスーツにドレスアーップ!」

 【了解だよユウキ、衣装を2番へ変更するよ】


 『チカというのはリストウォッチに内蔵されたアシスタントAIの名前です。名前を呼ぶことで音声入力が可能になります。アシスタントの名前は自由に変更可能』 というテロップが表示された。


 ユウキの着ていたGパンともこもこのニットのセーターが、溶ける様に形を変え体に纏わり付く様な光の流れに変わったと思ったら、お洒落なスーツ姿へとチェンジした。

 そしてユウキは腰に手を当て、ビシッとジョジョ立ちを決めた。


 「チカ、変身よ! 次は、ディ〇ールのパーティドレスにチェンジ!」

 【了解だユウキ、衣装を3番へ変更するよ】


 再び服は光の液体と成り、光が消えると素敵なドレス姿へと変わった。変身物でよくある、一瞬裸になる様な演出は無く、決して肌は見せない仕様だ。


 「チカ、変身! そして最後は、いつもの部屋着へチェンジ」

 【了解だユウキ、衣装を4番へ変更だ】


 服は三度みたび形を変え、ダボダボのスウェットへと変わった。ただし、ブランドは〇ッチだ。


 「どや!」

 「それすっごくない!? クローゼット要らないやん」

 「しかも、採寸しなくても体に完全フィットだよ」


 『体表面の電位を計測し、体の寸法を自動的に割り出しています』 というテロップが表示された。


 「そして、気になるお値段は?」

 「1つ五千万えーん!」

 「ぎゃふん! うそでしょ!? くっそ高いやん! 畜生かよ!」

 「ただし、以後はイギリス、フランス、イタリア等の有名ブランドの服が、四割引きで買えちゃいますよ」


 『生地も縫製も省略され、デザインデータのみ販売なのでその価格です』というテロップが表示された。


 「契約ブランドは、続々と増えています。まずは限定500個なので、お早めに―」

 「詳しくは概要欄とホームページでー」


 ユウキとサマンサが手を振り、動画は終了した。

 動画のコメント欄には質問が殺到し、限定500個はものの数分で完売、コメント欄には買えなかった残念だと悔しがる書き込みで溢れた。


 Q:今回は難しいな。幼児が走り回っているだけじゃん。

 A:前回難易度上げると言いましたよ。


 Q:せ、拙者としては、変身時には裸は必須なんだな、グフグフ

 A:男性やお年寄りも買いますが、それでも良いと?


 Q:売り切れるの早過ぎ! 日本ってそんなに金持ちいっぱい居るの?

 A:高級マンションとか売りに出された途端完売しますからね。ある所にはあるんです。


 Q:まだ残り50個あった時にポチったのに駄目だったー。悔しすぎ!

 A:回線ラグでご迷惑をお掛けしております。まあ、またその内再販されるのを待て。


 Q:わかった! 『にんげんっていいな』だ!

 A:大正解! あなたにもリストウォッチを1つプレゼントしよう。


 Q:なんだと! ちくしょー、真剣に考えるんだった!

 A:次、いい事あると良いね。


 サーバーが増強されていたので買い物客が殺到しても落ちる事は無かったのだが、数秒のラグは発生していた様で、残り50個と表示されていても実際は売り切れていたという事態が発生していたみたいだ。


 日本の『変身☆お着替え君』は、500個限定だったのだが、アメリカやイギリスでは、『Clothes - changerクローズチェンジャー』は、デクスターの会社の販路を使い、10倍の5000個を売り上げた。

 アメリカではお洒落で高級なイメージ戦略を使い、日本の様なふざけた感じの動画では無く、スーパーモデルが街を颯爽と闊歩しながらクルリと身体を捻ると魔法の様に(実際に魔法な訳だが)衣装が変わる様を衆人に見せ付けるという、CMでも動画でもなく各大都市のメインストリートに在るセレブ御用達の高級ブランドショップの前で実際にパフォーマンスをしながら売り上げを伸ばして行ったのだった。

 更にセレブ向けに高級ブランドの特注衣装の受注も開始し、それも大当たりした。データの服ゆえ劣化はしないので服の価値は変わらず、販売価格と同額で買い取ってもらえるシステムが構築される。服のデータは、リストウォッチを所有している人だけに販売されるので転売業者や中古販売市場の関係者は苦々しい思いで見ている事だろう。


 「さて、種は撒き終わった。エスピーダースーツの販売を開始しようではないか」


 優輝がにやりと笑った。

 実は、ここからが本番なのだ。リストウォッチは、各国の要人にはこっそりと配布済みなのだ。何故そんな事をしたのかというと、主な目的は身辺警護の為だ。というのも、『Clothes - changerクローズチェンジャー』の服の素材は、例のカーボンマテリアルなのだから。


 『Clothes - changerクローズチェンジャー』の服が変形する時、服の元と成る素材は何でも構わない。ただ、石や金属等では重いし柔軟性も無いので鎧でも作るならまだしも服の素材としてはそぐわないし、仮に服の形に変形出来たとしても石や金属は繊維状に細くすると強度が著しく落ちてしまうので、あまり衣服の素材としては適さない。

 着心地の点で言えば綿や絹等の素材を用いれば最適なのだが、戦闘服に変形させるなら、高分子ポリエチレン系繊維(ダイニーマ等)やアラミド系繊維(ケブラー等)、ポリカーボネート等の高強度の素材を用いるのが良いだろう。実際にはデクスターは、ピアスの変身術ではダイニーマ繊維とCYGUSサイグス繊維を使用していたらしい。

 こういった高強度繊維は、通常衣服に使用するにはゴワゴワし過ぎていて風合いも悪く着心地は最悪なのだが、変身術の魔法では構成物質の分子構造そのままで繊維のレベルにまで形状のみが変化し、布の織り目まで再現している。ミクロレベルで繊維の太さや断面形状をシルクや綿やウール等に似せる事によって、肌ざわりまでも再現しているのだという。そして、表面の構造を変化させ光の反射を制御して衣服の色を変えたりする事までも可能にしている。

 

 「つまりね『変身☆お着替え君』の服は、購入者は気が付いていないと思うけど、防弾防刃性能も持っているんだ。首相や大統領の服もこれを使ってもらえば、普通のスーツに見えて装甲車並みの防御力があるという事」

 「更にはエスピーダースーツも購入してもらえれば、空も飛べちゃう!」

 「ヤバいわね…… でもあのデザ……」


 デクスターは、大統領とSP達が全員あの格好をするのかと想像して何か言おうとしたのだが、やめておいた。余計な事を言って優輝のイマジネーションを壊したら新しい開発に響くと思ったから。


 「あのね、一ついいかしら? あの耳の所のつのというかアンテナ? あれは何とかならないのかしら?」

 「あれは高速飛行推進装置スピーダーリフターを作動させるための超電界発生カソードなので外せないの。場所が問題なのだったら、頭のてっぺんにでも付けましょうか?」

 「あ…… いや、あれでいいです」


 デクスターは頭の天辺てっぺんにアンテナの立っている服を想像して、今の方がまだましだと思って諦めた。根っからの技術畑のあきらにデザインの事を相談しても無駄な気がしたからだ。そういえば優輝からあきらの絵のセンスは壊滅的だという話を聞いた事がある。家族内では『画伯』の称号を欲しいままにしている、という話を楽しそうに言っていたのを覚えている。だから、販売用の量産機はデクスターの会社のデザイン部門でみっちり詰める事を心に決めたのだった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 そうこうしている内に、奇妙な噂話が流れ始めた。

 日本、アメリカ、イギリスで、つまりあのリストウォッチが販売された国で、それを購入した人は怪我をしないという噂が囁かれ始めたのだ。

 最初は、階段を踏み外した、雨の日に滑って派手に転んだのに擦り傷一つ出来なかった、運が良い等の些細な報告から始まり、屋根から落ちた、車にはねられた、スノーボードで崖から転落した、果ては暴漢にナイフで刺された、銃で撃たれた等の重大な場面に直面した者ですら全くの無傷だったという事例がフェイスブック、ツイッター、インスタグラム等のSNSで続々と報告され始めたのだ。

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