第234話 免責事項

 「あきらさん、優輝さん、ちょっといいですか?」


 御崎桜がリビングルームへやって来た。

 今リビングルーム内には優輝とあきらの他、あきらの秘書アドバイザーとして仕事の場に同席している野木が居る。この広いリビングルームは、寛ぐ場所というよりも主に仕事の打合せ等をするオフィスの様な場所にいつの間にか成ってしまっているのだ。


 そして、異世界堂本舗内では、あまり役職呼びはされていない様だ。というのも、優輝とあきらと花子お婆ちゃんのたった三人で起こした会社であり、登記上は最年長の花子お婆ちゃんをトップにしてあるのだが、三人はそれぞれ農業部門、研究開発部門、異世界商社部門の部門長であり、三人の立場は社内的には対等であり、寧ろ花子お婆ちゃんは自分は何もしていないのに大層な立場を与えられて困惑している位なので、実質会社のトップは優輝とあきらの二人なのだ。株式会社でも無いし人数も少ないので、役職呼びはしっくりこないという事で〇〇さん呼びで今日まで来てしまっている。


 ちなみに御崎桜は、農業部門の社員で花子お婆ちゃんの直属の部下だ。まだ高校を卒業したばかりの年齢なので、普通の若い子らしくSNSは上手に使いこなしている。

 とはいえ、先日異世界の娘さんと結婚して1児の子持ちなのだ。先日どちらの世界に居を構えるのかという話合いが持たれ、やはり子供の教育には日本に住んだ方が良いだろうと考え、山形県の桜の実家の近くへ家を建てたのだった。月に10日程は異世界側のシーラさんの実家へ行き、向こうのご両親にも子供を見せ、家の手伝いの他オーノ商会やノグリ農場の技術指導なんかもやっている。結構多忙なのだ。その桜が、SNSで何かを見つけて慌ててやって来たのだった。


 「どうしたの? 桜ちゃん」

 「ちょっとこれ見て下さいよー」


 野木が桜が入って来た事に直ぐに気が付いて声を掛けた。

 御崎桜はスマホの画面を三人へ向けて見せた。

 そこには外国人らしきふざけた若者が、頑丈そうなフルフェイスヘルメットを被ると、徐に吊り橋の上から飛び降りる動画が再生されていた。若者はバンジージャンプの様にロープを付けている訳でもパラシュートを背負っている訳でもない。頭と手足にスタントマンが使う様な頑丈そうな装備を装着しただけで、極普通のちょっと高そうなお洒落ファッション着姿なのだ。

 優輝とあきらは、その動画を観てハッとした。その動画は自殺動画という訳では無く二人にはその意味が直ぐに解ってしまったからなのだ。


 飛び降りたその若者は、谷底まで100mはあろうというその高さを普通に自由落下して行き、水面ではなく川の横の河原へ激突した。

 普通であれば命などあろうはずはない。しかし、その若者は直ぐに立ち上がり、カメラの方へ手を振って見せた。カメラは、谷底で待ち構えていた別の撮影者からの映像に切り替わった。驚くべき事に飛び降りた若者は全くの無傷で擦り傷一つ無いばかりか、衣服も損傷している様子は無かった。


 「あー、やっぱりこういう使い方する奴が現れるか―」

 「これ、エスカレートさせると危険だわ。厳密に耐久試験を経た訳では無いのだから」

 「まずいですよね、やっぱりこれは」


 あのリストウォッチは、ファッションを切り替えるアイテムとして売り出した物であって、安全装備として売り出した物ではないのだ。偶々高耐久性だという付加価値が付いているだけでどれ程の耐久性があるのか、中の人はどれ位の衝撃に耐えられるのか等の試験はされていないし、保証の範囲外なのだから。


 「まいったな、そんな用途外の使い方に関する注意書きなんて…… あるやん!」


 優輝はリストウォッチの取説を見ながら、禁止事項の所にくだんの使用に関する注意書きが有る事を見付けた。まるでノリツッコミみたいになってしまった。


 「流石訴訟大国アメリカ! デクスターの所の法務部は優秀ね。想定される禁止行為は全て網羅されているわ」

 「じゃあ安心だね、とはならないよ! いつか重大事故を起こしてからじゃ遅いんだから」

 「そうね、注意喚起が必要ね。そもそもこの耐久性は、エスピーダスーツを販売開始してからパーソナルバリアとセットで使う前提の代物だったのだから」


 用途外の使い方をされて怪我をしても弊社は責任を取りませんよと言う文言が書いて有るとはいえ、実際に怪我をされたり命を落とされたりしたら気分の良い物では無い。それを防止するにはどうしたら良いだろうか?


 「例えば、服の耐久度を普通の服並みに落すとか」

 「それだと耐久性があるつもりで無茶して大けがする人が出そう」

 「じゃあ、ソフトウェアのアップデートで、強い衝撃が加わったらリストウォッチに一時的にロックが掛かる様にするのは? 解除するにはメーカーへ送るしかない様にする。解除手続きには1か月の期間と解除代に10万円とか」

 「うーん、なんかそれもイマイチだなぁ。余計な人件費が発生しちゃうし」

 「それはまあ、そうねぇ……」

 「デクスターに相談してみるか」


 デクスターへ連絡をしてみると、あちらでもその動画は把握しているとのことだった。そればかりか、他の購入者による動画もいくつも見つかっていると言う。桜にその事を伝えると、素早く検索して幾つもの動画を短時間でピックアップしてきた。優輝とあきらは、その手際を見て感心してしまった。

 他の動画を確認すると、走行中のトラックに体当たりしてみている物もあり、優輝は眉をひそめた。


 「ああ、これは危ないな。跳ね飛ばされる位なら大丈夫だと思うけど、もしこれがタイヤの下敷きになったりしたらとても危険だ」

 「ダイラタンシー効果が効かないって事よね」


 そう、ダイラタンシー効果というのは、瞬間的な衝撃には強いがゆっくりとかかる圧力に対しては効果が無いのだ。例えばトラックのタイヤの下敷きになってしまったり、車と壁の間に挟まれてしまったりとかが考えられる。ゆっくりと押しつぶされる苦痛や恐怖など想像したくも無いだろう。


 「それで、アメリカあなたの方ではどう対処するつもりなの?」

 「別にー? そのまま放っておくわ」

 「えっ? 重大事故が起こったらどうするのよ」

 「だってそれ、私達の責任じゃないじゃない。製品の瑕疵ではないのよ。免責事項にちゃんと明記してあるもの、その点は抜かりは無いわ」

 「いやいや、私達の製品で事故を起こされたら無関係という訳には……」

 「無関係よ。私達は注意した。勝手に免責事項に抵触したのはあいつら、OK?」

 「あ、はい……」


 優輝とあきらと桜は顔を見合わせて肩をすくめた。ことビジネスにおいてはアメリカ人はドライだ。


 「じゃあ良いのか? このままで」

 「そう、みたいね」

 「消費者の反応にいちいち過剰反応するのは日本人の良い所であり、悪い所でもあるわね」

 「あまりこの件について責任を感じたりしていると、実際に事故が起こった時に会社にも責任があると捉えられかねないので、デクスターさんの反応はあちらでは正しい対応なのだと思います」

 「あちらでは、ね……」


 この件は、禁止事項を赤い大文字で直ぐに目に付く外箱と取説にも明記する。宣伝等も事ある毎に仕様外の使い方はしない様に、との注意喚起の呼びかけをする事に留める事となった。

 日本人としては、製品改良の良い機会と解釈する所もあるが、逆からの見方をすると、法律や規則でガチガチに縛られてスペックダウンしてしまった、自由度が無くなってしまったという事にもなりかねない。

 例えとして適切かどうかは分からないが、原動機付自転車、所謂原付バイクは、40年位前まではヘルメットの着用義務は無いしリミッターという物も付けられていなかったし、二段階右折なんかもしなくても良かった。ヘルメット無しというのは自転車と同じ様に前準備も要らずに気軽に乗り出せるし、手軽で非常に便利な乗り物だったものだが、スピードを出し過ぎて事故を起こしたり、危険運転をしたりという乗り手側のマナーの悪さや死亡事故が多発するに至って、法律でガチガチに縛られる様になってしまった。今ではバイクよりも不便でなおかつ自転車よりも不便という、バイクと自転車の悪い所取りみたいな乗り物と化してしまっている。普通免許に勝手に付いて来る故に、バイクの様に教習所で訓練を受けない人が適当に乗り回していた果ての末路なのかもしれない。


 エスピーダースーツ及び飛行自動車フライングカーを安全で、自由度の高い楽しいコミューターとしたいならば、安全な使い方の啓蒙や訓練、ライセンスの発行等の法整備等やる事は沢山有るのだろう。

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