第235話 エクストラバース

 「というわけで、アメリカでは飛行強化服エスピーダースーツ普及に向けて、バイクとヘリコプター操縦士ライセンスを合わせた様な免許証の発行が可能になったわ」

 「なんでバイクとヘリコプター?」

 「地上3m以内を飛行する際に、バイクと同等の法規に則ってもらうためよ」

 「アメリカはやる事が素早いなー。引き換え日本が腰が重いんだよなー」

 「何をやるにしても後手後手に回るのよね。ゴテゴテ民族だわ」

 「政府の事情を知っている人間として言い訳させてもらいますが、日本は人口が密集地帯が広いという理由で、特に都市部の家屋の上を飛行する事を一般に許可するには、かなり大掛かりな法改正と万が一の時の安全装置の設置やそれらの検証などに膨大な時間を費やす必要が有ります。外国の様に空き地が多ければスムーズなのでしょうけれど」

 「日本特有の事情で、ガチガチに安全装備を固めた日本仕様を作らなければならないという事なのね」

 「家屋がまばらな田舎でだけ許可してもらうか?」

 「寧ろこういった物が必要なのは都市部なのよねー……」

 「元々飛行強化服エスピーダースーツは、変身☆お着換え君のオプションだし、まだ発表してないからしらばっくれるか」

 「アメリカで販売開始したら速攻でバレるって」

 「もう面倒臭いから日本での販売は止めるか」

 「日本でリストウォッチを買った人が納得するかしら? それにやらない方向で妥協するのは良くないと思うの」


 日本の法律に適合しないために日本でだけ販売出来ない、または機能が削られているというのは良くある話だ。


 「わかりました! 私が上に掛け合ってきます!」


 野木が資料を持って部屋を駆け足で出て行った。何か当てでもあるのだろうか?




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 2時間程して、野木が疲れた様子で戻って来た。


 「ほらね、やっぱり駄目だったでしょう?」


 あきらが案の定でしょうという様に声を掛けた。


 「認可を取り付けました」

 「は?」


 なんと、未だ発売前だと言うのに認可を取り付けて来たと言う。それもたった2時間程度で、だ。


 「え? どんな手を使ったの?」

 「まあ、それは御想像に任せます」

 「えー!?」


 野木は手に持った黒い革表紙の手帳をパタンと閉じ、それをスーツの内ポケットに仕舞った。


 「野木さん、恐ろしい子……」


 流石は元情報収集のエキスパート。何か大臣達のあんな事やこんな事や表や裏まで知っていたりいなかったりするのかも知れない。


 「ただし条件があります。まず飛行禁止区域、空港などの近く、自衛隊等の基地の周辺での飛行は全面禁止。東京23区内及び政令指定都市上空での飛行は当面禁止。まずは地方都市で試験運用して安全が確認されてから徐々に適用範囲を拡大して行く事になります」

 「オッケーオッケー、上出来だわ」

 「取り敢えずは娯楽用飛行機体として段階的に、超軽量動力機としてパラグライダーと同様の法律で縛ります。次にヘリコプターと同等の有人機としての扱いを経て、専用の航空機としての法律整備を目指します」

 「……あ、うん、まかせます」

 (投げたな)

 (投げたわね)


 あきらが法律面の面倒臭い所を野木へ任せたのを見て、優輝とデクスターは分からない事を丸投げしたなと察した。とはいえ、デクスターの所だって彼女が全部把握している訳では無く、彼女の会社の法務担当部署がきちんとやっているだけの話だ。デクスター本人はCEOという立場上毅然と振舞っているに過ぎないが、実の所あきらとなんら変わりはしないのだ。


 こうして、アメリカでは旧メタワイズ社、現EXウィザーズ傘下企業の共通ブランド『エクストラバース』から高速飛行強化服、エスピーダー・マークⅠが発売となった。

 高速飛行強化服エスピーダー・マークⅠのアメリカでの価格は39万ドル、日本円でおよそ5000万円前後にもなるというのに飛ぶように売れた。リストウォッチと合わせれば1億円にもなると言うのに、だ。個人で空を飛ぶという夢を持っているお金持ちは、意外と多かった様だ。

 特にその防弾性能の高さからVIP専用防護服としての価値が高く、こぞって大企業が買い求めた。

 高速飛行強化服エスピーダー・マークⅠの販売は、他の服同様にデータ販売であり、販売時に提供される、リストウォッチに組み込まれた機能を開放するパスコードと本人の生体認証によって、飛行機能のロックが解除される。高速飛行強化服エスピーダー・マークⅠに衣装を変更した時に飛行機能が開放され、空を飛ぶ事が出来る様になる仕組みだ。他の服の時には飛ぶ事は出来ない。


 この発表にはマスコミは地団駄を踏んだ。情報は見事に攪乱され、未だ研究段階だと思われていた飛行車の方へわざと注目を引き付けさせられ、飛行強化服の開発からは見事に注意を逸らされていたのだから。

 マスコミによる事前情報の無い中、突然の爆弾発表に世界中が度肝を抜かれた形だ。そして、『エクストラバース』ブランドの認知度は否が応でも急上昇するのであった。そして、追加販売はいつになるのかとの問い合わせが殺到する事になる。


 高速飛行強化服エスピーダー・マークⅠのデザインは、勿論あのままではなく、旧マギアテクニカ社のマーケティング部門がデザインし直した新型だ。胸のど真ん中には、日本を表す『丸形』とアメリカを表す『星形』、そしてブランド名である『エクストラバース』を表すアルファベットの『X』が組み合わされた、ブランドロゴが輝いている。


 優輝は、そのデザインを見た時ちょっと不満そうだった。胸の妙にカッコ良すぎるマークと、何だかアメコミのヒーローっぽいメタリックな部分の多いデザインがどうもそそらないのだそうだ。往年の子供向け特撮ドラマが優輝の思うカッコ良さなのだから。ただ、一般受けは良かった。今の若い世代の人達から見れば今風のハリウッド映画の様な綺麗なCGみたいなのがカッコイイのだろう。優輝は一体何歳なんだと突っ込みたくなる。

 そして、案の定というか懸念通りというか日本での認可は遅く、日本での発売はまだかという日本の消費者の不満は溜まる一方であった。


 その様に日本だけが愚図愚図としている間に、アメリカではエクストラバースから第二弾となる高速飛行自動車、エスピーダー・マークⅡが発売となる。アメリカでの価格は77万ドル、日本円でおよそ1億円だ。つまり、空を飛ぶコミューターを手に入れるには、どちらをとっても1億円かかるという事になる。

 これを高いとみるか安いとみるかは意見が分かれる所となるだろう。参考に40フィートクラスのクルーザーが大体1億円、タービンエンジンを備えたヘリコプターの機体価格は、1億6千万から5億円程度、セスナ機の価格は大体5千万円から1億円位。ちなみにあきらも乗っている、ベンツマイバッハの価格も約1億円だ。


 マークⅠの方へマスコミが集中した頃合いを狙って発表されたマークⅡは、またしてもマスコミに不意打ちを喰らわせた形と成った。記者界隈からは『どうしてまともに取材させてくれないんだ!』と不満をぶちまけられる。通常の新製品の発表ならば、発売前にア〇プルやマイク〇ソフトがやるみたいに舞台上で大きなスクリーンを背景に演劇さながらの劇場型プレゼンで大々的に発表するのが今や慣例みたいになっているが、全くそれに逆行するかの様だ。まるであまり売りたくない様にも見える。


 それもそのはず、機械部分は工場で幾らでも作れるのだが、肝心の動力源である永久電池エターナルバッテリーが、優輝とあきらにしか作れない上に彼らのお手製なのだから。この部品に関しては完全に家内制手工業なのだ。今では二人共忙しいので、月産で100個行くか行かないかという感じらしい。そのせいで品薄商法だろうとかネットで散々叩かれているという話だ。


 もう一つ世間で発生した弊害としては、多額の資金を投入してマルチコプター形式の飛行自動車を研究開発していた会社は、どこも皆研究を止めてしまい大きな損失が発生してしまった事だろうか。こればかりは優輝達的には不本意でしかなかった様だ。他社に損害を出す事は全く望んではいなかった。しかしこれは商売上は致し方なかったとしか言えない。


 エクストラバースの浮上・飛行システムであるエスピーダー・ユニットへの共同研究、ライセンス生産、技術移転、工場誘致、を求める各国からのアプローチは、日に日に大きくなって来ている。


 「売らないけどね」


 とは、デクスターの言である。

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